Sサイズ(5平米)110万円、Mサイズ(15平米)187万円、Lサイズ(20平米)258万円で、施工に要するのは3~4時間。断熱性が高く、夏は小型の冷風機、冬は小型のファンヒーターひとつで快適に過ごせる画期的な「家」だ。太陽光発電を活用すればオフグリッドで生活可能で、例えば学校の校舎などにも応用できるという。

多様な環境で利用できるように設計されており、屋根には雪が滑り落ちやすい45度の傾斜をつけている。また、風速80メートルの台風にも耐える強度を誇る。

発売から間もなくして新型コロナウイルスのパンデミックが始まり、アウトドアブームが来た。その風に乗ってインスタントハウスは主に全国のキャンプ場で導入され、北海道から沖縄まで100棟以上販売してきた。これは図らずも、酷寒でも酷暑でも使用に耐えるという証明になった。

撮影=白石果林
発泡ウレタンを直接吹き付け断熱性能を高めている。

大地震が起きたトルコへ

2023年2月6日、ついに研究成果を見せる時が来た。トルコ南東部のシリアとの国境付近で、大地震が発生。日本赤十字の発表によると、倒壊した建物の数は数十万棟、トルコ、シリア両国で約6万人が犠牲となった。

「町がゴーストタウンに」というニュースを聞いて居ても立ってもいられなくなった北川さんは、以前から知り合いだったJICA職員の田中優子さんに連絡。トルコ事務所長の田中さんが被災したトルコ南部ガジアンテプ県アンタキヤ、ハタイ県ヌルダーの県知事や市長とつないでくれることになり、すぐ現地に飛んだ。

最初にヌルダーの町を訪ねてインスタントハウスの話をすると、すぐに具体的な話になった。担当者に100棟建てるのにどれぐらいの土地が必要かと尋ねられ、目安を示すと、「100棟分の土地を用意する」と確約してくれた。次に訪れたアンタキヤでも、歓迎された。

問題は資金。現地で断熱材の発泡ウレタンを入手するとしても、Lサイズのものを100棟建てるには1億円以上必要になる。それだけの資金調達は難しく、最終的に現地で支援活動をしていた国際協力NGOピースウィンズ・ジャパンが購入するという形で、アンタキヤに3棟寄贈された。

北川さんは4月、アンタキヤに飛び、その3棟を自ら完成させた。政府職員や被災者の住居、倉庫として使われ、「涼しい」「快適」と絶賛された。しかし、100棟建てたいと言ってくれたヌルダーのことを思うと、すぐにすべてを届けられないことがもどかしかった。

「東日本大震災以来、安くて、快適で、早く建てられる住宅を目指していたのに、インスタントハウスはトルコの仮設住宅より高価で、お金が理由で建てらなかった。自分はなんのためにやってきたんだろうと思うと、悔しかったですね」

撮影=白石果林
インスタントハウスの普及には「お金」という壁を乗り越える必要があった。

被災した子供たちを見て発した妻の一言

同年8月下旬、北川さんは妻と一緒にインドネシアのチカランにいた。トルコでの反響から、海外でもニーズがあると確信。いざというときに自分が現場に行かなくても住民が自力でインスタントハウスを建てられるように、ノウハウの伝え方や住民による作業の検証に行ったのだ。

その際に燃焼実験や耐久性の実験も行い、想像以上に構造物としての強度があることがわかり、新たな手応えを得たその帰り道。名古屋へ向かう飛行機のなかで夫婦の話題にのぼったのは、現地で目にした、手を差し出し、お金や食べ物を求めてくる子どもたちだった。同じような貧しい子どもたちの姿は、発展途上国だけでなく先進国でも見てきた。