同年の選挙前、CNNのインタビューに応じたヴァンス氏は、「絶対にトランプには投票しない」と述べている。トランプ氏の政策については、「文化的ヘロイン」あるいは「中西部のオピオイド(麻薬成分を有する鎮痛剤)」と呼び、白人の労働者階級が持つ恐怖や偏見を利用していると批判している。

しかし、2020年までに、トランプ氏を全面的に支持するよう身を翻した。BBCによると2021年には、「彼について間違っていたことを後悔している」とまで述べている。2022年の上院選挙ではトランプ氏の支持を取り付けて当選し、現在ではトランプの副大統領候補としてその立場を固めている。

オハイオ州リッケンバッカー空軍州兵基地を訪問したヴァンス氏(写真=Ralph Branson/PD US Air Force/Wikimedia Commons

偏見を利用して民衆を扇動する…トランプ氏を信望した理由

これほどまで急速に、トランプ支持に転向したのはなぜか。

変化の一因として、彼の「深く根ざした怒り」が挙げられる。法科大学院時代にヴァンス氏のルームメイトであったジョシュ・マクラウリン氏は、BBCにその一端を明かしている。ヴァンス氏は、共和党が労働者に希望と経済的な機会を提供できないのであれば、「デマゴーグ」が民衆の不満を埋めると考えたようだ。

デマゴーグとは、大衆の感情や偏見を利用して支持を得る政治家のことであり、まさにトランプ氏の政治スタイルそのものだ。ヴァンスはトランプ氏がデマゴーグになると考えて興味を抱いた。そして最終的には、トランプの政策そのものが、労働者階級にとって有益であると認識するようになったという。

だが、政治指針への賛同は、表面的なポーズに過ぎないとも取れる。ヴァンス氏は2016年、全米日刊紙のUSAトゥデイに寄稿し、「トランプ氏に投票する人々を結びつけているのは、アメリカの富裕層や権力者に対する疎外感(反感)である」と批判している。

一方で実際のトランプ氏の政策については、「私はすぐに、トランプ氏の実際の政策提案は、仮にあったとしても、不道徳なものから馬鹿げたものまで、様々であることに気づいた」と述べ、内容の薄さを指摘していた。

トランプ氏側は、ヴァンス氏の“経済苦”を好感

では、トランプ氏側がヴァンス氏に白羽の矢を立てたのはなぜか。副大統領候補に選んだ理由は、彼の忠誠心と、中西部の有権者への訴求力にある。

米NBCは、トランプ氏の息子たち、特にドナルド・トランプ・ジュニア氏がヴァンス氏を強く推奨し、彼の選出に大きな影響を与えたと報じている。ヴァンス氏の若さとエネルギーを高く評価したほか、彼が中西部の労働者階級の有権者に強く訴求することを期待しての動きだったという。

ヴァンス氏はトランプの「アメリカ・ファースト」政策に強く共鳴し、特に移民政策や貿易政策の立場でトランプ氏と一致している。トランプ氏が右派ポピュリズム運動を強化し、ウィスコンシン、ミシガン、ペンシルベニアなどの重要な戦略州での支持を固めるために必要な動きだった。

米タイム誌は、トランプ氏自身、ヴァンス氏の「ハードスクラブルな(経済的に困窮していた)」背景を好んだと伝えている。エリートに対する反逆心を持つヴァンス氏が、トランプ陣営の支持基盤に強く訴えると考えていたようだ。