多角化をやめて宅配に絞ることを決断

長距離路線市場に乗り遅れた改善策としては多角化の道を選び、総合物流企業(通運事業、百貨店配送、航空、海運、梱包業務など)を目指した。しかし、各事業はどれも伸び悩む。

さらに大口貨物へのこだわりが仇となり、基幹業務である商業貨物のトラック運送の収益までが悪化した。新たな成長の機会を探っている最中、昌男の頭に浮かんだのは、市場を商業貨物から個人宅配へと切り替え、事業の体制も、多角化とは反対のたった一つのサービスに絞ることだった。発想のヒントになったのは、異業種である吉野家の「牛丼」である。

昌男は古い新聞に載っていた「吉野家がいろいろあったメニューを止めて、牛丼一つに絞った」という記事を思い出した。大胆な発想に驚いたと同時に「なんでも運べる良いトラック会社になるという方向は、間違っているのではないか」という思いに至った。カギは、郵便局の牙城である個人宅配市場にどう切り込むかだ。

郵便局以外にライバルがいないにもかかわらず、個人宅配を扱う運送業者がいなかったのは、数々のデメリットがあったからだ。個人宅配は、いつ、どの家からどんな形の荷物をどこに運ぶのかが決まっていないので、集配効率が非常に悪い。昌男はこの問題を解決するため「全国規模の集配ネットワークを築けばビジネスになる」という仮説を立てた。

ネットワークの構築には、従来の物流の概念を覆すような発想の転換がいる。集配ネットワークの中心的な要素には「デポ」と呼ばれる集配拠点の設置が必要だ。これにより、個人宅配市場でも効率的かつ経済的なサービスの提供が可能となる。

さっそく動き出すと「リスクが大きすぎる」と役員からは猛反対。しかし、昌男は労働組合を味方につけ、役員全員の承諾を得て、事業化を進める。目指したのは、素人にもわかりやすい地域別均一料金と翌日配送を売り物にすることだった。

当時は小荷物の輸送を家庭の主婦が気軽に利用するにはハードルが高かった。そんな主婦にも気軽に買ってもらえるように「商品化」をしなければならない。商品化にあたって、「宅急便」というネーミングの商標登録をはじめ、荷作りは段ボール、サービス区域の限定、サービスレベルの向上、地域別均一料金、運賃制、原則たった一個でも家庭へ集荷に行く、専用の伝票を用いる、などを徹底した。

形のない宅急便のようなサービスがライバルに決定的な差をつけるためには、「サービスの差別化」が重要になる。荷物の輸送で消費者が最も望むものは、なによりも「早く」着くこと。

ヤマト運輸では、荷主から受け取った荷物を翌日に送り先に届ける「翌日配達」をセールスポイントに、個人宅配市場を独占していた郵便小包に勝負を挑んだ。

そのために整備したのが、全国を網羅する集配ネットワークと、どこからでも翌日配送を実現できるサービスの平準化だった。また、「在宅時配達」の実施で、サービスレベルが格段に上がり、これでライバルである郵便小包との差を決定的にした。