父と兄のためを思って…
したがって、紫式部が中宮彰子のもとに出仕したのは、道長による紫式部の囲い込み作戦だったと考えられる。しかも、出仕して宮廷を観察させ、リアルな物語を展開するための条件を整えたともいえる。
それまでリアルな物語を書くのが困難だった状況について、山本淳子氏はこう書く「『里人』つまり娘や専業主婦として基本的に自宅だけを生活の場としてきたため、家の外の人に慣れていない」(『源氏物語の時代』朝日選書)。
そんな彼女が道長から誘われ、出仕を受け入れたのはなぜか。道長に恋愛感情を抱いていたからか。山本氏の文を続ける。「道長は、父を十年の失業状態から救って大国の国司に抜擢してくれた、大恩ある人だった。出仕せよともちかけられて、断れるはずがない。小さな娘もいて先行き経済的な不安もあったろう。処世下手な父と兄が、これから順調に官職にありつけるかどうか。自分が出仕すれば、道長との縁故を深め、よくすれば父と兄の出世につながるかもしれない。式部はおそらくそんな現実的な諸事情のために出仕を承諾したと察せられる」。
あまり夢がある話ではない。だから、「光る君へ」がそこに恋愛を絡めたがる理由もわからないではないのだが……。