壊れたエアコンは配管から水が漏れ出て、天井内部を腐食してカビを増殖させていた。漏れた水は床にもしたたり、水たまりをつくる。夏にはぬるい風を吐き出し、湿った熱気を舞い上げる。看護師たちが歩くたびに、ネチャネチャと靴底が粘ついた。ただ、空調設備の入れ替え工事には2億円近くかかるとして病院は計画を見合わせていた。
病室の清掃は、委託している専門業者の契約外になっていた。「患者のプライバシーが守れない」というのが病院側の理由だ。やむを得ず、看護師らが仕事の合間にモップや掃除機をかける。雑巾がけも洗濯もする。しかし、行き届かない。人手が足りず、忙しすぎた。とりわけ軽度の患者の部屋は後回しにされ、週1回行うのがやっとだった。
「すさんでいる。場所も、人も……」
藤原が言った。病棟にはびこるカビは、この病院が抱える問題の根深さを象徴しているように思えた。
2つの悪循環
そもそも病院側は虐待事件が起きた原因をどう考えていたのだろう。院長の土居は第三者委の設置を決めた際に神戸新聞社のインタビューに応じている。虐待事件が起きた土壌には「二つの悪循環」があるとみていた。
一つは「組織風土」の問題。
当時のA院長が現場と意思疎通できていなかったのは明らかだった。そうした状況下で上層部まで情報が上がらず、風通しのよくない風土ができ上がった。その結果、職員たちは組織の問題に気づいたり、改善策が浮かんだりしても意見が言えなくなり、次第に無力感や同調圧力を強く感じるようになってしまったのではないかと考えたという。
二つ目は「医療体制」の問題。
適切な医療を行うための設備や環境が不十分なのは歴然だった。そのため病状の回復が遅れ、退院できない患者が多く、長期入院患者の比率が高い。治療よりも病床の稼働率を優先していたのかもしれないという疑念も拭えなかった。
その二つが相まって職員たちが業務に前向きになれず、結果的に自尊心が揺らぐことにつながっているのではないか。
(敬称略)