壁一面にびっしりと広がる黒カビが、精神医療現場に巣くう問題を象徴していた。看護師や看護助手ら6人が患者への虐待容疑で逮捕された2019年の神出病院事件。入院患者の劣悪な生活環境は、足を踏み入れた第三者委員会によって確認された。事件から1年半後に就任した土居正典院長は、事件の土壌に「悪循環」をみていた。神戸新聞取材班による「黴の生えた病棟で ルポ 神出病院虐待事件」(毎日新聞出版)の一部を抜粋し、閉鎖空間が抱えていた問題を報告する。
2021年9月、ようやく発足した第三者委員会の委員長藤原正廣は、神出病院の病棟内に足を踏み入れて血の気が失せた。
「人が暮らす場所じゃない……」
カビやクモの巣があちこちに見られる。古びたエアコンは弱々しい風しか吐かず、まとわりつくようなジメッとした湿気がこもっていた。とくに浴室はひどく、壁一面、天井に至るまでびっしりと黒カビが侵食していた。
「これくらいええわ」
カビが原因だと思われる心筋炎や肺炎も患者に多発していた。職員らも経営陣に何度も改善を訴えていたが、虐待事件発覚時のA院長は、
「これくらいええわ」
と全く取り合わなかったという。
患者の車いすは食べこぼしで汚れたままになっている。窓に患者の便が取り切れていないカーテンがかかり、部屋には便臭が漂っていた。
第三者委員会の設置はその年の7月、新院長の土居正典が決定し、そのメンバー選定は神戸市に依頼した。選ばれたのは法人と関わりのない外部の弁護士や医療関係者ら5人だ。
委員長に就いた藤原は30年以上のキャリアを持つベテラン弁護士。神戸市の中央市民病院の運営法人役員を務め、医療面や財務、人権擁護に明るいとして市の推薦を受けた。他にも委員には、リスク管理のスペシャリストや兵庫県精神科病院協会、同県看護協会からの推薦者など、各分野の専門家が幅広く集められた。