世界王者ブラジルに「1点が遠い」

準々決勝の相手はブラジル。バレーボールの世界で、ブラジルといえば誰もが知る世界の強豪、むしろ世界王者といっても過言ではない。

率いる主将のブルーノ・レゼンデはモデナでも主将だったことがあり、何もわからず渡った僕に対しても優しく、温かく受け入れてくれた選手だ。

ブラジル代表としてもクラブでも、数えきれないタイトルを手にしてきた、紛れもなく世界でも有数のキャプテンだ。

日本代表でキャプテンになってから、「目標とするキャプテンは?」と尋ねられるたび、僕はブルーノの名前を挙げてきた。

彼の人間性やリーダーシップはもちろん、チームを勝たせるためのプレー、行動へのこだわりは尊敬できるうえに、実際に勝利をつかみ取れるキャプテンがブルーノだったからだ。

そのブルーノ率いるブラジルとオリンピックで対戦する。

臆することなく、僕たちは1点目から全力で攻めた。力の差もそれほど大きく感じたわけではないし、全力は出し尽くした。

でも、1点が遠かった。そして、ここぞという1点をブラジルは確実に獲ってくるチームだった。

競り合いながらも0対3で敗れ、僕たちの東京オリンピックは終わった。

悔しいという感情だけでなく、あれだけやっても届かないのかという無力感も押し寄せてきて、試合が終わると涙が溢れた。

徳間書店提供

日本代表を強くする「始まりの1敗」

試合を終えて、コートに整列する。そして、見上げるスタンドに観客はいない。

でも、会場で僕たちをサポートしてくれたボランティアの方々や関係者はいて、テレビや配信の向こうには応援してくれた人たちがいる。

あのとき、言葉を最初に発したのは藤井さんだった。

「せっかくだから、全員で挨拶しようよ」

チームの正セッターは関田さんで藤井さんはセカンドセッターで途中出場がほとんどだったけれど、いつもチームを明るくしてくれるムードメーカーだった。

負けて、涙が止まらないなかでも、藤井さんの言葉が前を向かせてくれた。

ブラジル戦の負けはただの1敗じゃない。日本代表を強くするために、忘れられない、始まりの1敗だった。