80歳以上の人なら薬は減らしたほうがいい

適切なケアを受ければ、認知症になっても幸せに暮らせると説明してきました。しかし、「認知症になった後の人生をどうやって幸せに生きるか」を決めるのは、介護者ではなく、あくまで本人です。日本は患者の自己決定を軽視しがちな国ですから、注意が必要です。

日本の医療や介護は「認知症と診断されたら家族が面倒を見なければいけない」「決まった時間に必ず薬を飲ませなければいけない」という考え方ですが、自己決定を尊重する欧米はそうではありません。早期診断されれば、まず本人が自分の病気について知り、自らの将来を設計します。薬にしても、日本では「患者が薬を飲んでくれないから食事に混ぜて何とか飲ませよう」という発想になりますが、そんなことをすれば欧米の多くの国では違法です。

実際、薬は無理に飲まなくてもいい場合が多いのです。およそ80歳以上の人なら、積極的にさまざまな薬を飲むよりも、できるだけ減らしたほうが元気になれると私は思います。認知症になると生命予後は10年から15年。そうなってから15年先の病気を予防するためにコレステロールの薬を飲むのはムダな治療だと考えます。

また、日本の病院や介護施設では勝手に歩き回って骨折でもしたら訴えられるから「身体の拘束もやむなし」と考えます。しかし人間の身体は使わなければ「廃用」といってその部分が衰えていきますから、身体を拘束すると筋力が低下し、歩行能力の低下が起こります。欧米ではたとえ認知症であっても、本人の意思で立ち上がって転んだら自己責任です(日本では事故)。それでケガをしたとしても、医療関係者や施設の人が訴えられるようなことはありません。

私が診療をしている病院では一切の身体拘束を行いませんが、このような病院は残念ながら少数派です。病院や介護施設が転倒の責任を取らなければいけないとなると、戸外でのボランティア活動なども広がりにくいのです。

日本でも今後、このようなところが変わってくれることを期待しますが、すでによい変化も起きています。診療報酬改定によって、今年度からは病院で「身体拘束の最小化」に取り組むことになりました。介護の面でも、住み慣れた地域でケアを受けながら少人数で暮らせる「認知症グループホーム」が整備されるなど、「安心して認知症になれる社会」ができつつあります。

長生きをしたのだから、できないことがあるのは当たり前。忘れてしまったことは、覚えていなくてもいいこと。こんなふうにポジティブにとらえることで、認知症の人もそうでない人も、より幸福に暮らせます。ぜひとも認知症になれるくらいの健全な長生きを目指してほしいと思います。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年8月16日号)の一部を再編集したものです。

(構成=長山清子 図版作成=大橋昭一)
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