世界一幸せな民族「ピダハン」との共通点

重度のアルツハイマー型認知症では、「時間軸」が消失します。多くの高齢者は時間の感覚がなくなることに対して不安を抱くようですが、時間軸の消失ははたして本当に不幸でしょうか。

過去を振り返って後悔したり、未来を心配して不安になりがちな健常者と違い、重度認知症の人には「今、このとき」しかありません。遠い過去の記憶は残りますが、昨日の失敗は覚えていません。今が幸せであれば、それで幸せなのです。認知症が進行するに従って死への恐怖も薄れていきます。安心して、平穏な最期を迎えることができるのです。

この時間感覚は、アマゾンに暮らす民族「ピダハン」と似ています。ピダハンの社会はいわば未発達で、時間や数をあらわす言葉がありません。人の名前ですら頻繁に変わるそうです。過去も未来もなく、「今」を生きるピダハンの幸福度は世界一高いと言われています。

認知症へのネガティブなイメージが形成された大きな原因の一つは、妄想や徘徊、暴力などの症状が現れることではないでしょうか。このような介護家族が「手に負えない」と感じる症状を医学用語でBPSD(認知症の行動・心理症状)と言います。もしもBPSDがなければ、介護する家族の心理的負担はかなり減るはずです。

実はBPSDが生じる背景や予兆を知り、介護者が接し方を変えるだけで、ある程度予防することも可能です。家族が困る症状に対しては、一時的に薬剤を調整しておさえることもできます。

BPSDを誘発しやすいのが、認知症の人の発言を否定したり、失敗を指摘したりすることです。たとえば認知症の人はしつこく同じことを質問してきますが、それは時間軸が崩壊し、記憶がつながらないという不安からです。そこで家族がイライラして大声を出したりすると、本人の「怒りスイッチ」が入り、暴力などBPSDに結びつくというわけです。

認知症になると脳の前頭葉の機能が低下するため、思いやりのない発言をすることもあります。健常者なら「自分が悪かった」と反省することもありますが、指摘されても気づけないのが認知症です。介護者が反発せず、穏やかに接していれば、穏やかな言動が返ってくるケースがほとんど。介護者が認知症をネガティブにとらえ、ネガティブな気持ちで接すると、相手からもネガティブな反応が返ってきます。ケアする人にもポジティブさは欠かせないのです。

たとえば、介護者は「お風呂に入らないと汚いよ」と言うより「お風呂に入ったらさっぱりして気持ちがいいよ」とポジティブな言い方をしたほうがいいでしょう。さらに言えば、嫌がる人を無理やり入浴させる必要はありません。発想を変えるだけで、とたんに楽になるものです。