なぜ上司を説得せんかったのか
幸之助は、ある商品についての説明を、技術担当者から受けていた。
「きみ、この商品のデザインはもうちょっとこうしたほうがええのとちがうか」
「はい、実は私も製作段階でそう思っていました。しかし、上司の反対にあいましたので、今のような形にいたしました……」
幸之助の顔が急に厳しくなった。
「いいと思ったのであれば、なぜ上司を説得せんかったのか。上司説得の権限はきみにあるんだよ」
徹底すれば、神通力が身につくはずや
昭和35、6年のこと。当時の冷蔵庫の販売は、各メーカーが10月にその年の新製品をいっせいに発表、その展示会をディーラーが見てまわって注文するというかたちで行なわれていた。
したがって各メーカーとも、展示会にすべてを懸けて、いかに他社よりすぐれた新製品を打ち出すかにしのぎを削っており、ときには勢いあまって企業スパイまがいの情報収集合戦も見られる状況であった。
そんなとき、たまたまある有力な筋から、他社情報の売り込みの話が松下電器にもたらされた。冷蔵庫事業部の責任者から相談を受けた幸之助は、即座に答えた。
「それはやめておこう」
そしてこう続けた。
「なあ、きみ、神通力という言葉を知っているやろ。そういう言葉があるということは、これまでにその神通力を身につけた人があったということや。だからわれわれでも、ほんとうに事業に打ち込んで徹底すれば、神通力が身につくはずや。そうなれば、他社の動向でもなんでもおのずとわかるようになる。そうならないかんで」
新入社員が立ち上がって幸之助に訴えたこと
松下電器が九つの分社に分かれていた昭和11(1936)年のこと。その分社の一つ、松下乾電池で、その年に配属された新入社員、35、6人が集められ、幸之助を囲む懇談会が持たれた。
そのとき、何か感想があれば言ってほしいという司会者の言葉に、一人の新入社員が立ち上がって言った。
「私は会社をやめようと思ったんです。今からでは行くところもありませんので、まだいますけど、松下電器はエゲツない会社やと思います」
「どうしてや」と問う幸之助に、新入社員は、自分はアマチュア無線のライセンスを持っていて、できたら無線関係のところに入りたく思っていたこと。松下無線の専務が自分の学校に求人に来たので、てっきり松下無線に入社できると思っていたところが、案に相違して乾電池にまわされてしまったことを説明し、ひどいやり方だと思うと述べた。それは、率直な気持ちであった。