多くは、家具職人の娘の理念に無関心だった

ニューヨークに数千万ドルを手にいれるために来たというのに、彼女の札入れには十ドル紙幣が一枚はいっているだけだった。驚いた税関吏が彼女に、これっぽっちの金でどうやって合衆国で暮してゆくつもりかときくと、彼女はあっさりとこたえた。

――ここに家族がいます。

翌々日、シカゴのグランド・ホテルの演壇に立って、ゴルダ・メイアーは興奮にふるえながらその「家族」の選良たちと向かい合った。彼女のまえに集まっていたのは、アメリカのユダヤ人社会の大資本家の大部分である。

ユダヤ人連合評議会の指導者たちである彼らは、ヨオロッパとアメリカとのユダヤ人貧民にたいする財政的社会的援助計画を検討するために、四十八の州から出て来たのだった。この集まりは彼女には、ねがってもない機会だった。

ウクライナの指物師の娘にとっては、これはおそろしい試煉しれんである。彼女は一九三八年いらい合衆国にもどっていなかったし、過去のいくどかの旅行のときには話相手は情熱的なシオニストで、しかも彼女と同じように社会主義者である人びとにかぎられていた。いま彼女が向かいあっているのは、アメリカ・ユダヤ人の輿論の広汎こうはんなひろがりの代表者たちである。多くは彼女の代表している理念に無関心であり、敵意をさえもっていた。

飾り気のない彼女は「聖書の女たちのようだ」

ニューヨークの彼女の友人たちは、この対面を断念することをすすめた。評議会はシオニスム的傾向をもってはいないのだ、と彼らはいった。会員たちはアメリカでの仕事に、つまり病院、シナゴーグ、文化センターの建設のための資金の要求に、すでにうんざりさせられている。会員たちはカプランが経験したように、国外からの懇請には疲れていたのである。

ゴルダ・メイアーは、譲らなかった。会議の発言者の予定表はまえもって決定されていたのだが、彼女はユナイテッド・ジュウイッシュ・アッピールの総裁ヘンリイ・モンターに電話をかけ、シカゴに行くことをしらせた。

――彼女は聖書の女たちのようだ。

このおよそ飾り気のない、峻厳しゅんげんな表情の婦人が名を呼ばれて席を立ったとき、いあわせた会員のひとりがつぶやいた。草稿なしに、エルサレムからの使者は語りはじめた。

――私が合衆国にまいりましたのは、ただ単に七十万のユダヤ人が地球上から一掃されるのをふせぐという、それだけの目的のためではないのです。私を、信じて下さい。

最近の何年間かにユダヤの民は、六百万の同胞を失いました。七十万のユダヤ人が危地に立っていることを私たちの立場から、世界のユダヤ人に想起させようというのは、厚かましいことかも知れません。それが問題ではないのです。