「対岸の火事」でいいのか

本が刊行されてから、この翻訳書に対する批判のロジックは、「トランスヘイト」から「データに多くの間違いがある」へと移った。さらにその批判点への再批判もなされている。しかし海外では、WPATHファイルやキャス博士の報告書によって、さらに論点は、ジェンダー肯定医療の問題点をどのように把握し、転換するかに移っている。

日本は、これを対岸の火事と言っていいのだろうか。

すでに日本でも、学校現場で生理に対する違和感を表明した女子生徒に、学校側が「それはあなたがトランスジェンダーだからかもしれない」と、トランスジェンダー支援団体へとつなぎ、思春期ブロッカーを投与することになったという事例を聞いている。しかしいまのところは、このような事例はアメリカほど多くはないだろう。

アメリカやイギリスの“先進的な”性教育

根底にあるのは、アメリカやイギリスの学校現場で選挙区ごとに進められてきた“先進的な”性教育だ。そこでは「あなたの性自認や身体は自由に選ぶことができる」「女の子なのに電車で遊ぶのが好きなら、トランスジェンダーかもしれない」「間違った身体に生まれてきた子はいないだろうか?」と教えられる。

シュライアーの指摘によれば、思春期に性別違和を持ち始めてトランスジェンダーを表明する少女は、裕福な中産階級の白人のリベラルな家庭の子が多いという。こうした「リベラル」な動きが、意図せざる効果として、不安定な思春期の少女たちをトランスジェンダーへと押し出している。

また、近年とみに盛んになったSNS、とくにYouTubeなどの動画では、かっこいいおしゃれなトランスジェンダーのインフルエンサーが、「勇気を出して、あなたもトランスジェンダーになって」とティーンの少女たちの心をつかんできたという。シュライアーは、子どもたちからスマートフォンを取りあげるべきだとまで言うが(さすがにそれには賛同できない)、若者たちがネットにロールモデルを見いだすのは、どの国でもあり得ることだろう。本では、アメリカでオバマ大統領(当時)が、医療における性自認の差別を禁止したことが、安価で容易な若者の「ホルモン治療」を可能にしたことが指摘されている。