なぜハンガリーが大胆な家族政策を展開しているのか?

欧州経済社会評議会(EESC)の委員で全国大家族協会(NOE)の国際アドバイザーを務めるキンガ・ヨー氏によるとハンガリーの家族政策には4つの柱があり、これらの柱は、「子どもを“リスク”ではなく、“価値のあるもの”という社会意識にシフトする」ために2010年から展開され、随時アップデートされているという。

ここには、2010年のEU経済危機が背景にある。人口が1000万人もなく、社会主義時代に国内産業が発展してこなかったハンガリーにとって、この年は国家存亡にかかわる危機であった。国が貧すると若者や優秀な人材はより裕福な国へ流れ、人口はますます縮小する。

かといって、西側諸国のように積極的に移民を受け入れると、人口の少ない「ハンガリー人」は消滅してしまう。長年、西側諸国がさまざまな移民問題を抱えているのを見てきたオルバン政権は、西側のような移民政策はハンガリーのような小さな国には向かないと判断し、大胆な家族政策へ舵を切った。

キンガ・ヨー氏と筆者(全国大家族協会のオフィスにて)

産めば産むほど減税され、子供4人で所得税がゼロに…

経済インセンティブ、住宅購入支援プログラム、ワークライフバランス、NGOへの大規模支援、という4つの柱のなかで、「経済インセンティブ」と「住宅購入支援プログラム(CSOK)」が日本でよく言及されているが、これらは30以上にものぼるスキームから成り立っている。例えば以下のようなものだ。

・乳児ケア手当……出産後最長168日間の産休期間中、日給の100%に当たる乳児ケア手当が支給される。

・3年間の有給育児休暇……雇用保険に入っている(1年以上仕事に就いている)父親と母親、そして、両親がとらない場合は祖父母も申請できる育休。子どもが2歳になるまでは収入に応じた代替給付金(GYED)が7割の給料相当額支払われ、3歳になるまでは定額の乳児手当(GYES)の月額約1万2100円が支給される(2020年)。

・3人出産するとローンが免除される「出産ローン」……出産のために最大1000万フォリント(約436万円)を金融機関から無利子で借りられ、子どもが増えるたびに返済を遅らせ、元額が減額される。3人目が生まれるとローンは免除される。ハンガリー人口調査研究所のジョルト・シュぺダー所長が毎日新聞取材班に語ったところ、このスキームで出生数が1割増加したという。(毎日新聞取材班『世界少子化考 子供が増えれば幸せなのか』)

・住宅購入支援プログラム(CSOK)……第2子出産で1000万フォリント(約436万円)、第3子出産で1500万フォリント(約656万円)を低金利で借りられる。子供の数に応じて返済額が減っていく。

・4人産めば一生、母親の個人所得税免除……子どもが増えれば増えるほど減税される所得税減税策。

・7人乗り乗用車購入で250万フォリント(約107万円)の補助金……コロナで乗用車の生産が需要においつかないため現在は一時停止だが、再開する予定。

セーチェーニ・イシュトヴァーン大学の教授で、ハンガリー国際問題研究所のラースロー・ヴァシャ博士によると、これらの経済インセンティブと住宅購入支援プログラムは、少子化改善だけでなく、ハンガリーの経済全体を向上させたという。そもそも、ハンガリー人の約9割が賃貸ではなく、住宅を購入するから、これらの施策は「課題はあるが、経済効果をあげている」と語る。

「人々は家を買うと同時に様々な商品やサービスを買います。つまり、これは経済全体が活性化されるということ。とりわけ、住宅の需要が高まったことで建築業界の職が増えました。ハンガリーの7%を占めるジプシー少数民族の多くが社会主義時代後に失業しましたが、いまでは8割以上が働き、貧困層から中間層に移動しています。その効果で、2010年には11.2%だった失業率が、2022年には3.6%まで下がりました」

ヴァシャ博士(写真=本人提供)