低覚醒が続くと慢性的なうつ状態に見える
動物でしたら、運良く生き延びたら低覚醒状態(フリーズ反応)から解放されて通常の活動レベルに戻ることができますが、人間はそうもいきません。特に、慢性的にトラウマ体験にさらされてきた人だと、大人になっても不必要な場面でたびたび低覚醒に陥ることがあり、それが続くと慢性的なうつ状態にも見えます。
ゆえに、幼少期にトラウマ体験を受けてきた人が、うつ病と誤診されてしまうケースも後を絶ちません。
先ほど登場したハナさんは、眠れなくなったり電車のなかで聞いた大声に過剰に反応する「過覚醒」、何時間もデスクで固まったり、体が異常に重く朝起きることができない「低覚醒」の両方が見られました。
本来は「交感神経」も「背側迷走神経」も適切に機能していたら、日常生活で過剰に反応することはありません。それなのに、なぜハナさんは生活がままならないほど神経系にブレが生じてしまったのでしょうか。
“ツマミ”をうまく操作できない状態
実はその背後には、過去のトラウマ体験がひそんでいました。過去に慢性的なトラウマ体験にさらされたら、その後の生活においても、何てことのない場面で脳や体が「過去に起きた危機的状況と同じ」と認識してしまうケースがあるのです。それを「再体験症状」と言います。
再体験症状が表出すると図表1のように適切ではない場面で交感神経・背側迷走神経が刺激され、過覚醒や低覚醒に陥ってしまいます。トラウマ体験そのものを忘れていたとしても再体験症状は起こるため、患者さんはしばしば原因不明の不調に悩まされています。
私のもとでトラウマ治療を受けているある患者さんは、「オーディオやラジオについている音量調節の“ツマミ”をうまく操作できない状態」だと表現しました。「些細な出来事がトリガーになって、急激に音量を上げてしまったり(過覚醒)、逆に下げてしまったり(低覚醒)、ちょうどいいボリュームにできない」のだと。言い得て妙だと思いました。