臨床心理学では「発達性トラウマ」という新しい見立てがなされるようになった。公認心理師のみきいちたろうさんは「子どもの頃に家庭などでストレスを受け続けると自己が喪失し、大人になってからもトラウマから過緊張や過剰適応などが起き、仕事に支障が出ることも多い。時にはそれが他人へのモラハラ、パワハラになってしまう場合もある」という――。
息子をしかる母親、うずくまる息子
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発達性トラウマで自分が失われた人はたくさんいる

前回の記事では、トラウマの中核はなにかといえば「“自己の喪失(主体が奪われること、失われること)”である」と書かせていただきました。

「行動力はあるが"自分"がない…『ログイン前のスマホのような人生』を送る人が幼少期に味わったトラウマ体験」

トラウマではさまざまな症状が生じますが、実は自己の喪失のために心身を統御できず、症状が生じているとも考えられます。

「自己の喪失」などというと、特殊なように聞こえるかもしれませんが、実はかなり身近な問題です。

自己が失われると、自分の感情、感覚、考えがよく分からなくなります。

ケースによって異なりますが、その場面では当然起きるはずの感情や違和感がわかなくなったり、反対に感情的になってしまったり、ということが生じます。

今回は、そうしたケースをいくつかご紹介したいと思います。

子どものわがままに感情が抑えられず怒鳴りつけた例

Pさんは、感情が抑えられなくなることがある、とのご相談でした。

特に家で子どもがわがままを言ったり、自分の感情で行動していたりするのを見ると、怒りがわいてしまうといいます。

この前も、子どもが「文房具を買ってほしい」ということで、わがままを言った際に、自分はこれだけ我慢しているのに、自分勝手にわがままを言っているように思い、どうにもならない怒りを感じて、怒鳴りつけてしまったそうです。頭では子どもだからわがままを言って当たり前だとはわかりますが、気持ちがどうしても抑えられないとのことです。

Pさんは、機能不全な家庭に育ち、親は自分の希望を曖昧にしか言わず、ちゃんとしてこちらが忖度そんたくして関わらなければ、悪者にされるようなことが当たり前だったそうです。そんな中、自分は自分らしい感情を抑えてきました。

そうしたこともあって、子どもが子どもらしいわがままさを発揮することに対してうまく接することができません。

仕事でも、ちゃんとしていない部下には「自分勝手」と感じて厳しくしてしまいがちで、先日ついに、人事部から「パワハラではないか?」ということでヒアリングを受けてしまったと言います。そのことがきっかけでカウンセリングを受けようと思われたそうです。