なぜ認知症を悲しむ必要がないか

間違い9 認知症になったら地獄

がんとともにいま、日本人に最も恐れられている病気が、高齢化に伴って急増している「認知症」でしょう。たしかに、進行すれば、家族の顔を見ても誰だかわからなくなったりするので、「人間が、人間でなくなってしまうのでは」と嘆いたり、絶望したりする認知症患者さんもいるかもしれません。しかし、そうしたとらえ方も、認知症に対する“誤った常識”が、独り歩きした結果と言えるでしょう。実は、認知症になるのは、「それほど不幸なことではない」と、私は考えています。

はじめにわかっていただきたいのは、誰でも「認知症になる」という事実です。高齢になれば、物忘れがひどくなったり、思考能力が鈍ったりします。実際に、私が勤務していた病院では、病理解剖をした85歳以上の人のほぼ全員に、「アルツハイマー型認知症」に特有の所見がありました。

つまり、85歳以上の人は、程度の差こそあれアルツハイマー型認知症と、推察されるわけです。認知症は、がんと同じように、人間にとって避けられない老化現象と言ってもいいでしょう。認知症になってしまったら、無駄に抗ったりせず、「宿命として受け入れ、余生を精一杯充実させる」という生き方も選択肢になると、私は思うのです。

実は、高齢者の認知症は、急速に進むケースがほとんどなく、アルツハイマー型認知症の場合、発症から5年くらいは、通常通りの生活を送れるのです。例えば、米国の「名大統領」と呼ばれたロナルド・レーガン氏も、退任後にアルツハイマー型認知症だと明らかになりましたが、大統領在任中に発症していたと言われています。

皆さんは、「認知症患者さんに一人暮らしをさせる」と言えば、「危険ではないか」と疑問に思うかもしれませんが、軽い認知症であれば、独居のほうが悪化しにくく、元気に日常生活を過ごせる可能性が大きいのです。一人暮らしでは、自分で家事をこなしたり、家計を管理したりしなければならないので、心身をフル稼働させるからです。

自分で買い物に行ったり、病院に通ったりすることで人と交流すれば、脳も活性化されます。見守りは欠かせませんが、日常生活に支障がなければ、認知症患者さんには、できるだけ一人暮らしをすすめましょう。

認知症がたとえ進行してしまっても、悲しむことはありません。意外かもしれませんが、私が勤務していた高齢者専門の医療機関では、末期の認知症患者さんたちはいつも機嫌が良く、ニコニコしていたことが印象的でした。おそらく世間体などのしがらみから解放され、悩み事がなくなるので、幸福感に包まれているのでしょう。

ただし、末期の認知症患者さんの場合、ケアの負担が大きいので、自宅で患者さんと一緒に住んでいるご家族は、無理をしないで、スキルやノウハウを備えた介護のプロに頼ってください。

新常識9 認知症でも名大統領になれる