早期発見・治療は必ずしもよくない

間違い8 がんは早期発見・早期治療

がんになると、増殖したがん細胞が正常組織を圧迫したり破壊したりして、激しい痛みや苦しみにさいなまれた挙げ句、死に至る――日本人の多くは、がんと聞けば、そうした恐怖のイメージを思い浮かべるのではないでしょうか。

しかし、医師として長年、高齢者のがん医療に向き合ってきた私に言わせれば、日本人のがんの“常識”も、マスコミがつくり上げた虚構にすぎません。たしかに、がんも末期になると、重い症状に苦しむケースが多いのですが、かなり進行しないと、自覚症状がほとんど現れない病気なのです。「余命3カ月になるまでピンピンしていた」というがん患者さんは少なくないのです。

そこで、「がんは、自覚症状がないうちに、早期発見・早期治療すべし」という話になるのですが、裏を返せば、「がんによる痛みや苦しみは、実際にはあまりない」とも言えるわけです。

私は、高齢者医療を中心とする浴風会病院に勤務していた頃、1年に100人ほどの解剖結果を見ていました。すると、85歳以上の患者さんの場合、必ずと言っていいほど、体内からがんが見つかったのです。

ところが、そうした患者さんの死因の大部分はがんではなく、苦しむこともなく、穏やかに余生を送っていました。患者さんと共存していた、いわゆる「天寿がん」だったわけです。高齢になると、がんの進行が遅くなるため、自分でも気づかずにがんを抱えたまま、普通に暮らし続け、あの世に旅立つ人が、実際には多いのです。

とはいえ、がんで壮絶な苦しみを味わう患者さんもいるのは事実です。実は、それは「がん細胞」というよりも、主として「がん治療」のせいなのです。

がんの根治を目指すなら、手術、薬物療法、放射線療法の「3大療法」が行われます。特に抗がん剤治療では、正常細胞も強いダメージを受け、ひどい副作用に苦しむケースが少なくありません。がんと戦うための免疫力が、かえって低下してしまうこともあります。

【図表】がんの3大治療法

ちなみに、放射線療法も、がんのまわりの正常細胞まで傷つける、強い副作用を伴う治療法でしたが、最近では技術が発達し、「トモセラピー」のように、副作用を最小限に抑えられるようになってきました。

治療が終わった後に、がん治療に起因する苦しみが続くこともあります。例えば、がんの手術で胃を3分の2以上切除した結果、がんの病巣がきれいに取り除かれ、5年生存できたとしても、食事を満足に摂れなくなれば、低栄養状態のため体力が落ちて、予後の生活の質が失われてしまいます。

高齢者ががんの手術を受けると、そこで「健康寿命」が終わってしまうことも少なくないのです。

若いがん患者さんは、生き残るため、「苦しい治療に耐えて、がんを根治させる」という道を選ぶ人が多いでしょう。しかし、高齢のがん患者さんの場合、積極的な治療を選ぶ必要はありません。「がんと共存しつつ、最低限の治療にとどめる」という選択肢も「あり」だと、私は考えています。

そのほうが、がん治療で苦しむことはないし、健康寿命を保ちながら、最期まで自分らしく生きられるからです。ちなみに、私も65歳以降は、がんを発症したとしても、積極的な治療はしないつもりです。

新常識8 がんは治療するから辛い。ケアの選択も