毎年の値下げで長期的な関係を結ぶ

とはいえ、TSMCが法外な価格を吹っ掛けたり、好景気に乗じた大幅な値上げを行ったりしていないことは、特筆せねばなるまい。TSMCが景気の良しあしに関係なく毎年の値下げ戦略を維持してきたのは、TSMCのオペレーションの効率化が常に進化しており、値下げが顧客のメリットになるだけでなく、社内のパフォーマンスを高める効果もあるからだ。

台湾総統府で蔡英文総統と会談するモリス・チャン氏(画像=總統府/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

そしてもっと大切なことは、毎年の価格の引き下げによって、顧客と長期的な関係を結び、顧客のTSMC離れを防ぐことができる点だ。好景気のときに目一杯価格を釣り上げてTSMCよりも高い価格を提示する企業もある。しかし、こうした足元を見るようなやりかたは良い顧客対応ではないし、パートナー企業とのウィン・ウィンの関係を維持することもできないだろう。

また、TSMCは一流顧客としか取引していないため、受注も比較的安定している。通常、ライバル社が発注のかなりの部分をキャンセルされるような場合でも、TSMCの顧客は大きく発注量を減らしたりはしない。

良品率が高いので顧客離れが起きない

ウエハー生産工程には数百ものプロセスがあり、設計や受注から生産まで最低でも1年はかかる。そのため、顧客にとって価格とは、発注を決める際に考慮すべき数ある項目の一つに過ぎない。よって、わずかな値上げを理由に長年の付き合いのあるサプライヤーを変更することはあまり起こらない。

またTSMCはリーディングカンパニーとして良品率の高さと優れた技術とサービスを提供しているだけでなく、価格の引き下げによっても顧客に利益を還元しているため、顧客が増えない理由がない。

確かに過去には、TSMCの顧客が別の会社に鞍替えすることもあったが、競合他社の品質がTSMCよりも劣っているため、通常は顧客が後悔することになるようだ。

まさにそれが、TSMCとクアルコムとサムスンの間で起きたことである。クアルコムとサムスンとの提携には特殊な理由があった。サムスンの携帯端末にはクアルコム製のチップが採用されていたため、サムスンはクアルコムに発注することを条件に、クアルコムからの受注を獲得しようとした。

クアルコムはもともと、サムスンの見積価格をTSMCに見せて値下げ交渉をしようと考えていたが、TSMCから値下げを断られたため、サムスンに発注することになった。だがサムスン製チップの良品率が低かったため、クアルコムは当初期待していたような利益が得られなかった。