確かな技術で顧客に「値段以上の価値がある」と思わせる

TSMCの設立当初のプロセス技術は2マイクロメートル(2000ナノメートル)だったが、当時のインテル、TI(テキサス・インスツルメンツ)、モトローラ、フィリップスはすでに1マイクロメートルを手掛けていたため、2.5世代から3世代も後れを取っていた。

だが、TSMCは2マイクロメートルの成熟プロセスでも、前述した台湾の人材の強みを生かして他社を上回る良品率と効率を実現できたため、価格が魅力的で、「値段以上の価値がある」と顧客が納得する製品を提供できた。TSMCは、こうした低価格製品でも十分な収益を上げることができ、年に一度の値下げ戦略を維持することもできたのだ。

こうしたことが起こるのは、TSMCのコスト削減力が他社よりも優れているからだ。だからTSMCの最初の安定株主だったフィリップスは、TSMCの提示価格を見て自社工場で生産するよりもコストダウンできることに早い段階で気が付いた。

これにより、TSMCの専業ファウンドリーというビジネスモデルがIDM(垂直統合型デバイスメーカー)よりも価格競争力をつけるようになる時代が到来した。フィリップスはTSMCに大量委託するようになり、自社工場を徐々に閉鎖させていった。

本書の初めにご紹介した、台湾半導体産業の成功のカギとなった3+1の要素の話で、台湾のエレクトロニクス産業の1つ目の競争優位は、勤勉な従業員と、残業と低賃金、そしてマネジメント・マーケティング・研究開発等の営業コストの低さであると述べた。

欧米や日本の企業には粗利率40%を切る製品は作れないが、台湾メーカーなら薄利になるどころか多くの利益を生み出すことも可能だ。これは台湾メーカーの最大の防壁であり、台湾エレクトロニクス産業の台頭期の重要なよりどころでもあった。

「価格以外のあらゆる分野で他社をリードする」

価格設定の実践経験が豊富なモリス・チャンはかねて、CEOは価格設定に定見を持ち、その決定権を握っていなければならないと再三強調している。各種技術やサービスの受託を行う際には価格を設定しなければならないが、TSMCには価格計算と価格戦略を専門に手掛ける部門がある。この部門は社内の企業計画組織の直属で、副社長が責任者となって、週に1回モリス・チャンに報告していた。

モリス・チャンは1999年に、11項目からなるTSMCの戦略を一通だけ自筆で書き記している。この自筆書を見せられたのはわずか十数人の幹部のみで、これが企業統治の最高機密だった。このなかで最も重要な項目が、「TSMCは価格以外のあらゆる分野で、競合他社をリードしなければならない」だった。