失速の要因は「透け感」

ユーチューブの視聴はチャンネルごとに数百とあるアーカイブ動画から始まる。どの動画から見始めるのかは決まっておらず(一番最初の動画を掘っていって、そこから丁寧に見るユーザーはごくわずかだ)、視聴回数と視聴時間が長ければ勝手にアルゴリズムで近いシリーズがお勧めされる。

「承」や「転」が不要というわけでもない。どのタイミングで見られるかはわからないが、大量に見ていくうちにユーザーの感情も成長していくし、飽きを防ぐための「承」や「転」も必要ではある。

熱心なユーザーが「ネタバレ禁止」と札を張ってくれて、皆それを丁寧に回避してサプライズがあることを楽しみにしながら入ってくる。その上で、「結」はある程度“透かし見”できることが前提条件だ。

レビューや解説動画を見慣れた消費者にとって、「見終わったときに期待できる気持ちになれそうか」は、とても重要なことだ。

だから「起」から「結」までひととおり見終わった他のユーザーの反応を確認し、「これは泣けるやつ」「最高のハッピーエンドらしい」とワクワクしながらコンテンツに入っていく。こうした「透け感」のなさが『君たちはどう生きるか』の失速の大きな理由だった。

劇場版「鬼滅の刃」大ヒットが意味すること

1997年から続く『劇場版名探偵コナン』は、必ず冒頭部の解説から始まる。

「俺は高校生探偵、工藤新一。幼馴染で同級生の毛利蘭と遊園地へ遊びに行って、黒ずくめの男の怪しげな取引現場を目撃した。取引を見るのに夢中になっていた俺は、背後から近づいてくるもう1人の仲間に気づかなかった。俺はその男に毒薬を飲まされ、目が覚めたら……体が縮んでしまっていた」。

中山淳雄『クリエイターワンダーランド』(日経BP)

初めて見る人も想定した、親切で丁寧なチュートリアルだ。

だが2020年公開の『劇場版鬼滅の刃無限列車編』は、「27話目」から映像が始まる。十二鬼月の累との戦いで負った傷が癒えた竈門炭治郎、我妻善逸、嘴平伊之助の3人が、次の任務先である無限列車に乗り込むところから始まり、そこには何の解説もない。

映画公開前日にテレビで全国放送された特別編は、「死ぬことが皆わかっている」煉獄杏寿郎が無限列車に乗り込む前にあった1日の出来事だ。それを見てから映画に行けばより深く理解できるが、見ていなくても問題はない。

劇場版を見る直前に26話を一気見して予習してくる観客もいるし、ふわっとだけあらすじを知っている客もいる。過去シリーズを検索せずに映画館に行く人はよほどの頑固者だろう。アクセスできる情報を軽く見通した上で映画館に足を運ぶほうが一般的だ。

なぜなら30社以上に及ぶ動画配信サービスで「アニメ」はデフォルトの人気カテゴリーであり、何かを見ようとしてアクセスできない人はほとんどいない。

昔のようにレンタルビデオ店に過去のシリーズを借りに行く必要もなければ、借りられていたので見られなかったという人ももはやいない。アニメ鑑賞のインフラが整備されている現状で、「どこまで知識を貯めてから見るか」は個々人の選択オプションになっている。

もはやエンタメ体験の入口は決まっていない。どこからでも入れるのだ。しかし入る前に、少し中をのぞいて確認してみたい。その要望に応えられるだけの「透け感」をつくることが重要な時代に入ってきたと言える。

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