この患者さんは、私たちに苦しみを伝え続ける中で、「もうすぐ、家族を残してこの世を去らなければいけない」という、自分ではどうにもならない苦しみを抱えていることを、少しずつ受け入れていきました。

そのうえで、家族や周りの人が自分を支えてくれているということに気づき、そんな自分自身を肯定し、心の穏やかさを取り戻していったのです。

過去の苦しかった経験を思い出してみよう

同じように、私は、多くの患者さんが自分の支えに気づき、自分を否定する気持ちを手放していくのを目の当たりにしてきました。

今、健康や仕事、お金、人間関係などで何らかの苦しみを抱え、自分を否定してしまっている人は、つらいかもしれませんが、過去の苦しかった経験を思い出してみてください。

そして、なぜあなたがその苦しみを乗り越えることができたのか、なぜ今まで生きてこられたのかを考えてみてください。

身のまわりの人、すでに亡くなった人、ペット、映画や音楽などの創作物など、何かしらあなたの支えになってくれた存在があったのではないでしょうか?

そうした存在に気がついたとき、あなたも解決できない苦しみから生まれる、自分を否定する気持ちを乗り越えるきっかけがつかめるかもしれません。

不完全なありのままの自分を受け入れる勇気

前項で、解決できない苦しみを抱え、自分を否定する気持ちを手放すためには、自分を支えてくれる存在に気づくことが大事であり、そのためには、弱い自分を認めることが大事であるとお話ししました。

苦しみを抱えたとき、自分や他者をいたずらに責めるのではなく、頑張ったけれど失敗してしまった自分、本当は完全ではない自分、弱さを抱えている自分を、まずは認めてあげる。

それは、自分を支えてくれる存在に気づく第一歩であり、ありのままの自分の姿で生きられるようになるための第一歩であり、どんなときでも穏やかにしなやかに、前を向いて生きられるようになるための第一歩であると、私は思います。

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ただ、多くの人にとって、弱く不完全な自分を認め、受け入れるのは、勇気がいることです。特に弱いとき、苦しみを抱えているときほど、人はなかなか自分の弱さを受け入れることができません。

それによって自分の価値を自分で信じられなくなり、「自分は社会の役に立たない人間だ」という思いに苛さいなまれることを、心のどこかで恐れているからです。

強いところも、弱いところも自分自身

今の社会では、至るところで競争が行われ、「競争に勝つこと」「強いこと」「富や名誉、お金など、たくさんのものを所有すること」を幸せだと思っている人は少なくありません。

あるいは、「社会のために働き、社会の役に立ってこそ、生きる意味、存在する意味がある」と思っている人もたくさんいるでしょう。

そんな社会の中で、人が自分の弱さを認めること、弱さを得た人が自己肯定感を保つことは、非常に困難です。

でも、先ほど述べたような恐れは、本当は必要ありません。不完全でも、たとえ何もできなくても、人は存在しているだけで十分に価値があり、生きている意味があるのです。