相続トラブルによって所有者不明の空き家が増加

相続の混乱は自治体にも甚大な影響をもたらす。前提として日本ではこれまで不動産登記が義務化されていなかった(2024年4月1日より義務化)。相続権は相続人の承諾を必要としないため誰かが亡くなると自動的に発生するが、身内と疎遠になっているなどの理由で訃報を知らず、自分が相続の当事者になったことを関知していない人はいる。

もしくは親が空き家を所有していることを知らず、親が亡くなった後も気付かないパターンもある。こうなると所有権移転の登記がなされないため、現在の所有者やその現住所が不明な空き家が発生してしまう。

また、登記をせずとも罰則はなかったため、故意に無視することもできてしまっていた。使い道のない不動産のためにわざわざ手間をかけて事務手続きを行うのは面倒というのがその理由だ。

このため空き家の所有者探しは難航する。明治大学の野澤教授の著書『老いた家 衰えぬ街』(講談社現代新書、2018年)によると、野澤教授の研究室が行った自治体の空き家担当部署へのアンケートでは、回答した自治体のうち77%で所有者不明の空き家が存在した。併せて寄せられた自由回答の中には「相続登記されていない空き家が多く、相続権者が多数であるために所有者の探索に手間も時間もかかる」といった担当者たちの苦悩が記されていたという。

「思い出が詰まった家を売るのは申し訳ない」

相続した空き家の処分には、権利関係のほかにもう1つ大きな壁が立ちはだかる。家は財産であると同時に思い出が詰まった場所でもある。そう簡単に割り切って淡々と処理を進められない。

なんとか自分1人で相続するところまでこぎつけた筑前さんも、ここで手が止まってしまった。空き家に関するセミナーや不動産会社の窓口などで相談すると立地の良さから一様に売却を勧められるが、自身の中にその選択肢はなかったのだ。幼い頃に祖母に頼まれて水を交換した神棚、祖父からもらったラジオで遊んだベランダ、叔父や叔母たちともんじゃ焼きを食べた居間……あらゆる場所に懐かしい記憶が宿っている。

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「母たちが言っていた『ちゃんとしてね』というのは多分、イコール売却じゃないと思うんです。祖母との思い出が詰まったこの家をできれば手放したくはない。アルバムを捨てられないのと同じですね」

賃貸に出して誰かに住んでもらうことも検討したが、そのためにはリフォームに1000万円はかかる。どうすればいいのか解決策を見出せないまま、相続から2年が経っていた。