60万円かけて親族一人一人と権利を整理

悩みのタネは東京都中央区にある母方の祖母の家だ。ノートに家系図を書きながら説明してくれたところによると、20年前に祖母が亡くなって筑前さんの母を含む6人の子どもたちに相続の権利が発生したが、家をどうするか話し合わないでいるうちに4人が亡くなってしまった。

相続権を持つ人が亡くなると権利はその子どもたちに移る。最終的には筑前さんとその兄弟を含む計8人が権利を持つ形になり、「誰かがいつか使うかもしれない」と全員で分割して固定資産税を支払いながら“なんとなく”建物を維持してきた。

だが親族も高齢化する中で、このまま放置していたら事態はより複雑になりかねない。そう考えて3年ほど前に腹をくくり、司法書士を雇って遠方の親族一人一人と交渉を始めた。費用は全部で60万円ほどかかり、心理的な負担も大きかったという。

「相続は“争続”ってよく言いますよね。そうならないために個別で交渉する形をとりました。大変なことになったな、という感じでしたね。いわゆる当事者になったというか……」

空き家を相続して困り果てている人は多い

聞けば母は長女で、筑前さんは祖母にとって初孫だったのだそうだ。それだけにかわいがられ、子ども時代は祖母の家で過ごす時間が長かった。自身の実家ではないが思い入れは強い。加えて、母や叔母からかけられた言葉もあった。

「『家のこと、よろしくね』『ちゃんとしてね』って。だからもう自分がやるしかないのかなと思いましたね」

権利者全員との話し合いが済むまでに要したのは1年。空き家になってからおよそ20年が経過していた。

番組に寄せられた悩みでも相続に関するものは多い。

「面識のない異母きょうだいに相続の相談をするのが怖い」
「相続の権利を持つ人間が全国に散らばっており、たどるのが大変」
「自分名義の土地に亡くなった祖父名義の空き家が残っているが、親族が相続放棄してくれず解体できない」
「親族の希望で祖父の家を10年以上残しているが、管理が負担」……

個別の事情はさまざまだが、煩雑さに心が折れかけている所有者たちの悲鳴が聞こえてくる。

空き家に関する数多くの相談を受けてきたNPO法人 空家・空地管理センターの上田真一理事は「相続人同士で意見の対立が起きてしまうと、空き家期間が長期化する傾向がある」という。相続に関して誤った認識や思い込みを抱いている人が多いことも手伝って、停滞したり揉め事に発展したりしがちだ。