LGBTQがニッポンの仏教的慣習を破壊する

もっとも存続が危ういのが戒名だ。戒名が一般大衆化するのは、江戸時代の檀家制度の発足以降である。戒名は、信心の深さを依拠にしながら住職がつけるが、当時の身分や貧富の差なども反映されてきた。

戒名は「院号」「居士」「大姉」などのグレードの高いものから、「信士」「信女」などの一般的なものまである。だが、そもそも戒名にグレードがあること自体、平等や慈悲をうたう仏教の理念とはかけ離れている。

また、高位の戒名を高額で売買するような寺も出現し、トラブルを生じさせている現実をみれば、戒名が不幸を呼び寄せる元凶になっているともいえる。

戒名不要論が広がっていくと考えられるもうひとつの根拠には、ジェンダーレス社会の到来がある。戒名は「男女分け」である。だが、LGBTQの人が戸籍上とは反対の性の戒名を希望することも考えられる。この時に、理解のない住職が対応を誤れば、LGBTQの人を苦しませかねない。近い将来、戒名ではなく、俗名(生前の戸籍上の名前)で弔われる例が増えていくと推測する。

寺院の空間やサービスは寺院版DXによって今後、大きく変わっていく。VR(コンピューターグラフィックスで構成された仮想現実)やAR(現実の空間にデジタル情報を取り入れること。拡張現実)を取り入れ、活性化に繋げている寺院は既に出現している。

例えば、VRやオンラインによる参拝(デジタル参拝)は、コロナ禍をきっかけに一気に広がりをみせた。例えば奈良の東大寺や、東京の増上寺などで取り入れられてきている。2023年春にコロナ感染症が5類に移行したことで、各地の寺院にはリアルな参拝が戻ってきたが、それとは別にデジタル参拝はより拡大していくことだろう。

それは、高齢者や足の不自由な人にとってありがたい参拝方法だからだ。特に高齢者施設では、入居者の娯楽と癒やしの機会の提供として、デジタル参拝を取り入れるケースが増えていくだろう。

鵜飼秀徳『絶滅する「墓」 日本の知られざる弔い』(NHK出版新書)

また、法事や墓参ではARを取り入れた試みも出てきそうだ。リアルな寺の空間において、故人のデジタル画像や生前の音声などを、供養の演出として盛り込むようなイメージだ。実は、伝統的な宗教空間とデジタル技術は、かなり親和性がありそうだ。

デジタル技術は、空き寺問題の一助になり得る。例えば各地の無住寺院には、仏像や仏具、建造物などの貴重な文化財が数多、残されている。寺院が無住化すれば、文化財が毀損きそんされるだけではなく、盗難の危険にもさらされる。仏教界でデジタルアーカイブが進めば、文化財の保全や管理に寄与すると同時に、展示・公開もしやすくなる。

また、現金主義であった寺院の世界において、キャッシュレス化はきっと、この数年のうちに一気に進むことになる。キャッシュレス化が遅れている最大の理由は、収支がオープンになってしまうことを寺院側が嫌厭しているからである。だが、時代の流れには抗えない。大阪の正宣寺や、徳島の平等寺など一部の寺院では、積極的にキャッシュレス決済を導入している。キャッシュレス化はむしろ、これまで不透明であった寺院の会計が明朗になることで、自浄作用につながる点でも期待ができそうだ。