箱根駅伝に出場する大学に関東学連から200万円の強化費

露出がどのくらいかでしょうね。陸上競技はユニフォームにメーカー以外の広告が一カ所入れられるようになりましたね。箱根駅伝で優勝争いをするチームの場合、少なくとも7000万円の広告費になるという試算もあります。

日本はユーチューブが世界で最も盛んな国ですから、それをお手本にしたスポンサー契約を個人で結んでも良いと思います。そのためには、権利を整理する必要があります。要するに肖像などの権利の帰属を明確にすることです。関東学連に帰属させるのか、テレビ局なのか、個人なのか。関東学連は任意団体なので、まずは法人格を取るところからでしょう。

法人格の取得は、ガバナンスが求められる現代においては必須であるということで、UNIVASも強力に推進していることでもあるんですけど、任意団体でいることによって、超法規的な運用や、それに伴う利権も絡んでいるのかもしれません。そうした場合、当事者からすると、パンドラの箱を開けるのは避けたいでしょうね。

――箱根駅伝に出場する大学は関東学連から200万円の強化費が出ています。それは少ないですよね。

それは少ないですね。学費、寮費、活動費を考えると、ひとり年間200万円ではきかないと思いますから。授業料免除などを含めれば、箱根に出場するような大学は陸上部に年間2~3億円ぐらいは使っているんじゃないでしょうか。

認知度が低い新興大学が箱根駅伝に出場しようとするなら、もっとかかるでしょう。例えば、早稲田大学から声がかかるような選手を、ブランド力がなく、箱根駅伝に出場できるかわからないレベルのチームが獲得するとしたらお金を出すしかありません。無尽蔵な獲得競争、それも表に出てこないおカネが多額に動く世界は、いずれ大きなスキャンダルなどに発展し、その競技を貶めることになりがちですから、ルールを定めて、それを守らせる。大学スポーツですから、そういうかたちが良いと思いますね。

――なかには箱根駅伝で区間賞を獲得したら10万円出す、という大学もあるようです。

そうなるとプロの考え方になってきますね。NCAAの選手たちも自分の肖像権を活用して、いわばインフルエンサーとしてスポンサー料を得るのはOKなんですが、試合での成績への報酬は認められていません。NCAAと同じで、パフォーマンスにお金を払うのは禁止して、各自の肖像権を使って稼ぐ。あるいは大学として稼いで、それを学生に還元する。そういうところまでは解禁してあげてもいいんじゃないかなと思います。

――とはいえ、箱根駅伝は学生ランナーが無報酬で、自分の夢や仲間のために走っているところに心を打つものがあると思うんですよ。もし巨額なお金を稼いでいる選手がいると知ったら、視聴者が離れる可能性があります。そういうかたちは、関東学連や読売新聞は好まないと思いますし、世間がイメージしている箱根駅伝と現実が乖離かいりしていきますね。

そういう表と裏があるというのが問題だと思いますよ。知っている人は知っているわけで、いずれ明るみになりますよ。現実に即したルールを定めて、定めた以上は守らせるべきでしょう。米国はそのあたり、日本のように知っているのに知らないふりをして、バレたら白々しく報じるというのが少ないですから、自浄作用が働きますね。

90年代のことですが、タイガー・ウッズがスタンフォード大学の学生だったときに、45歳ほども年が離れたアーノルド・パーマーと食事をしたときの件を思い出しました。パーマーは当然おごるじゃないですか。それがNCAAの規約に触れて大問題になったんです。ウッズは自分が食べた分ということで、数十ドルの小切手をパーマーに送ることで落ち着いたんですけど、記者会見もしました。これに対してアメリカのメディアと世論は、NCAAの矛盾というか、建前主義のバカバカしさを批判したんです。コーチや学校は大儲けしているのに、学生はプロから食事をおごってもらっただけで罰せられるのかと。こうしたNCAAの矛盾が様々に取り上げられ、NILの解禁につながっていくんですけど、日本の場合は、力のある組織が絡むと、本質的な問題に切り込むことなく、知る人ぞ知る世界が続いていきますね。

酒井政人『箱根駅伝は誰のものか「国民的行事」の現在地』(平凡社新書)

――箱根駅伝は読売新聞東京本社が登録商標をしています。それは小林さんが先ほどおっしゃっていた通り、読売グループの賢いところなんですね。

その通りだと思います。読売新聞は、利益を追求する民間企業でもあるわけで、現在の制度を保つのが一番、自社にとって良いのであれば、そうするのが当然でしょう。もしも今のカタチを変えたいのであれば、読売新聞でない、誰か別のヒトなり団体が声を上げるしかないでしょう。それは当事者である選手か、マスメディアということになるでしょう。

――ただ選手たちは4年間で卒業しちゃうので、なかなか難しいと思います。

それはNCAAの搾取構造が何十年も続いた理由と同じです。NCAAに加盟する運動部の部員になった時点で、選手の肖像権はNCAAに帰属されていました。では、なぜ変わったのか。OBが集団訴訟を起こしたんです。有名なオバノン裁判ですね。

これを契機に、いろんな競技のスターたちが声を上げました。最終的には、最高裁でNCAAが敗訴することになるのですが、それには世論の後押しも大きかった。箱根駅伝出身者の大迫傑や川内優輝など、有名人が集団で声を上げれば変わるかもしれません。(以下、後編へ続く)

小林至(こばやし・いたる)
学校法人桜美林学園常務理事・桜美林大学健康福祉学群教授。
1968年、神奈川県生まれ。博士(スポーツ科学)、MBA。1991年、千葉ロッテマリーンズにドラフト8位指名で入団(史上3人目の東大卒プロ野球選手)。1994年から7年間米国在住、コロンビア大学でMBA取得。
2002~2020年、江戸川大学助教授~教授。2005~2014年、福岡ソフトバンクホークス取締役。現在は、立命館大学、サイバー大学で客員教授。大学スポーツ協会(UNIVAS)理事、世田谷区スポーツ推進審議会委員。『サクッとわかるビジネス教養 野球の経済学』(監修・新星出版社)など著書、論文多数。
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