池井戸潤の最新長編『俺たちの箱根駅伝』よりスゴい実話
「本を読んで泣いたのは久しぶり」
「人生に挫折しそうな時に読み返したい作品」
今春発行された池井戸潤さんの最新長編『俺たちの箱根駅伝』(上下巻・文藝春秋)が順調に版を重ねている。
正月恒例で高視聴率を誇る箱根駅伝。往路と復路、全10区にわたった選手がたすきをつなぐのは20大学。前年大会10位までのシード校と、予選会で勝ち上がった10校だが、実はもう1チーム出場することができる。箱根に出られなかった“落選”大学から選手が寄せ集められる「選抜チーム」だ。
本書では、夢の舞台に臨む「連合チーム」の選手に加え、各校の監督、テレビマンたちの苦悩と奮闘も描いている。胸アツのストーリーを一気読みして、筆者が思い出したのは実際の箱根駅伝で起きた数々のドラマだった。毎年、取材している箱根駅伝では記事化できなかった分を含め、多くの悲喜こもごものエピソードがある。
例えば、『俺たちの箱根駅伝』で主なストーリーとなる「連合チーム」についてだ。
予選会を突破できなかった大学で編成される選抜チームが本選の箱根駅伝に出場するようになったのは第79回大会(2003年)から。当初は「関東学連選抜」と呼ばれており、翌80回記念大会は関東以外の選手も参加する「日本学連選抜」として出場している。
システムはたびたび変更しているが、選抜チームの最高順位をマークしたのが第84回大会(2008年)だ。当時は本選でシード権獲得となる「10位以内」に入ると、翌年の予選会の通過枠が1増えて11校となるシステムだった。そのため選手たちのモチベーションも高かった。しかも「関東学連選抜」の監督を務めたのが、それまで箱根駅伝で一度も指揮を執ったことがなかった(本選出場できなかった)青山学院大の原晋監督だ。2015年以降で計7回の優勝を飾る強豪校に成長する、はるか前の話である。
「最低目標は10位。それを達成するためには、みんなの気持ちをひとつにすることが大事です」
原監督は選手たちを鼓舞した。それに応え、選手たちも素晴らしい走りを重ねた。区間賞の獲得はなかったものの、4区久野雅浩(拓殖大)、6区佐藤雄治(平成国際大)、8区井村光孝(関東学院大)と区間2位の走者が3人もいたのだ。
何より印象深かったのは4区の好走を受けた、最長区間の5区。きつい箱根の山上り区間で福山真魚(上武大)を区間3位と好走したのも大きかった。たすきを渡すたびにもともとは所属の全く異なる大学の選手にもかかわらず、走者たちに化学反応が起こったのだ。
上武大勢として初めて箱根路に出場した福山のおかげで9位から4位へと急浮上し、往路を終えた。勢いがついたチームは、翌日、箱根から東京・大手町へと戻る復路で「3位以内」を目指して攻め込む。目標には届かなかったものの、現在でも「関東学連選抜」における最高順位となる4位でフィニッシュ。絶対的なヒーローがいなかったにもかかわらず、総合力で他の大学関係者も「信じられない」とつぶやいたビッグサプライズをやってのけたのだ。この年の選抜チームの戦いは今も語り継がれる伝説のレースとなっている。