厳罰化で高齢者誤嚥は防止できるのか
介護訴訟では年々高額化する賠償金のみならず、2013年に特別養護老人ホームで85歳女性(要介護4)がドーナツで窒息して死亡した事例では、その後、2019年にゼリーと間違えてドーナツを配膳した准看護師が業務上過失致死剤で有罪判決を受けている。
2020年には控訴審で無罪判決を得たものの、6年超に及ぶ一連の裁判報道は確実に介護人材を減らしたと推測できる。高齢者介護に携わった者ならば、人間の老化や死亡が不可避であるように、たとえ1:1の介護であっても高齢者の誤嚥をゼロにすることは不可能なことを実感しているからである。
医師である筆者が、もし「老いてうまく飲み込む力がない高齢者の誤嚥防止」を求められたら、「胃瘻を作成することによって、声は出るが、口から食べることを諦めてもらう」もしくは「気管切開を作成して、口から食事はできるが、声を出すことを諦めてもらう」ことの二択、それでも困難なら胃瘻と気管切開の両方とならざるをえないだろう。
その費用の多くは後期高齢者医療制度によって現役世代の社会保険料から賄われているので、本人や家族の懐はさほど痛まない。
胃瘻による延命そのものは比較的容易だが、進行する身体機能の衰えは避けられない。その結果「推定300万人」「ダントツ世界一」という寝たきり老人を日本は量産してきた。
「全くものも言えず、関節も固まって寝返りすら打てない、そして、胃瘻を外さないように両手を拘束されている認知症高齢者」は日本の医療・介護の現場ではごく普通の風景である。
今回の判決によって、介護施設は次のように心の中で思っているだろう。
「ゼリーなら食べられそうだと思ったけれど、誤嚥の可能性の高い人は、胃瘻にしないと裁判で負けてしまう」「寝たきりの方が、徘徊老人より手間かからないし介護報酬も大きい」「公費なので家族も賛成するはず」
そうした対策により、統計上の誤嚥事故件数は減り、介護施設が非難されることはなくなる。ただ逆に、日本の寝たきり老人数や現役世代の社会保障費負担が増大するだけだ。