予想外の展開に、特命チームは撒かれてしまった

ところがある日、このS国人はいつもとは違う動きを見せた。「点検」である。点検とは、スパイや防諜担当者(スパイを取り締まる公安警察など)から尾行されていないかを確認する作業のことを指す。点検によって尾行されているかもしれないと察した場合は「消毒」をするのである。消毒とは、尾行を撒くことだ。点検や消毒のためには、電車移動中に電車の扉が閉まる瞬間にホームに降りたり、逆に扉が閉まる寸前に電車に飛び乗るといったことをする。そうして、尾行を振り払うのである。

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その日、このS国人は、電車移動の途中で、扉が閉まる直前に急に電車を降りた。予想外の展開に、特命チームはまんまと撒かれてしまったわけだが、その日を最後にこのS国人は忽然と姿を消した。アパートにも一切戻ってこないし、大使館のロッカーもそのままで、完全に行方がわからなくなってしまったのである。

さらに入管記録を調べてみたが、出国した形跡もなかった。大使館には、職員が行方不明になったのだから捜索願を出すようアドバイスしたのだが、大使館はことを大きくしたくないと主張した。こちらからの説得に、結局、大使館は渋々捜索願を出した。捜索願が出ると、できる捜査の幅が広がるからだ。だが、いまだにそのS国人の行方はわからないままである。彼の身に何が起きたのだろうか。

スパイに公安の自宅がバレると猫の死体が届く?

私は日本で外国人スパイから追われた経験がある。表向きは大使館の連絡担当という顔をしていたが、裏では情報機関の人たちとも会って情報交換をすることもあった。そんな活動の中で、強権的といわれる国であるZ国やL国の関係者と会うこともあった。ところがその場合には、その国の関係者と思しき人たちから尾行されることが多かったのである。尾行されているのに、そのまま自宅に帰ると家がバレてしまい、家族にも危険が及ぶ可能性がある。それを避けるために、点検と消毒は必ずしていた。

実際に同僚に起きたケースだが自宅が把握されると、猫の死体が宅配便で送られてきたり、便所から取ってきた汚物をポストに入れられたりする。もっと強烈なものとして、「お前の娘はヴァージンだろ」と書かれた手紙がポストに入っていたこともあったと聞く。また、私自身も脅迫めいた電話を受けることもあったが、そういう嫌がらせはたいしたことではなかった。