日本で活動するスパイの実態とはどのようなものか。元警視庁公安部外事課の勝丸円覚さんは「外国人スパイは、日本での活動を非常にやりやすいと感じている。スパイ防止法のような法律がないこともあるが、日本が世界有数の『スパイ天国』となっている理由のひとつに、日本人の国民性である『性善説』がある」という――。

※本稿は、勝丸円覚『諜・無法地帯 暗躍するスパイたち』(実業之日本社)の一部を再編集したものです。

郵便受けに封筒を入れる人
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スパイが入国する際は申告制

スパイは本当に日本各地で活動している。スパイは基本的に、人目につかないように動き、隠密に仕事をする。これはあまり知られていないことだが、日本政府は、日本に暮らす外国人スパイの存在をある程度、把握している。

その理由は、国際的なインテリジェンスコミュニティ(諜報ちょうほう分野)には、通告のルール(外交儀礼)というものが存在するからだ。そのルールでは、日本に大使館などを置いて情報機関員を派遣している国々が余計なトラブルに巻き込まれないよう、日本に赴任している情報機関職員を外務省に伝えることになっている。外国人の情報機関員は、外交官の肩書で大使館に属しながらスパイ活動をすることが多い。

外務省の中でも、この情報の管理を担当しているのは「儀典官室」(プロトコール・オフィス)だけである。この儀典官室は、外交官の身分証明票を発行したり、取り消したりする部門。儀典長という局長に準ずる担当者など、この部門のほんの一部の人たちだけが、正式に日本に赴任しているスパイたちを把握している。その際に、スパイの顔写真も一緒に儀典官室に提供されている。

ルールに応じてこなかった唯一の国

アメリカのCIA(中央情報局)やイギリスのMI6(SIS=秘密情報部)のような情報機関や、FBI(連邦捜査局)などの法執行機関から来ている外交官は名刺に詳細を記載しない、または、独特な記載をすることが多い。つまり、本当の肩書を隠して活動しているわけだが、外務省が彼らの素性に関する情報を漏らしては一大事なので、情報管理を徹底して行っている。外務省以外でこの情報を知ることができるのは、警察庁と、日本にある150カ国以上の大使館の連絡を担当する警視庁の担当部署だけだ。私はそこの班長だったので、それを知る立場にあった。

意外に思うかもしれないが、実はロシアですら、この通告を行っている。もちろん、逆に日本もロシア政府にロシア大使館や領事館にいる警察庁や公安調査庁の職員の名前や所属などを通告している。

実はこのルールに長く応じてこなかった唯一の国がある。中国だ。