外交儀礼が「喧嘩」を最小限に収める
ところが、2018年に中国もその外交儀礼に従って外務省に情報機関員について通告するようになった。ただ日本に教えてくるということは、逆に日本にも、中国の日本大使館に所属している警察庁と法務省(公安調査庁や出入国在留管理庁など)の職員のことを通告するよう求めてくることを意味する。私が現職だった当時、中国大使館や領事館の誰が情報機関から来ていると申告されていなかったので驚きだ。もっとも、ここ最近では、中国は日本や欧米諸国と緊張関係にあるので、現在どうなっているのかはわからない。
この外交儀礼は、世界各地で情報機関同士が取り決めているルールだ。こうした情報があるからこそ、例えば、カナダで2023年5月、中国・新疆ウイグル自治区での弾圧を批判した中国系の野党議員マイケル・チョン氏やその親族が中国の外交官から圧力をかけられたとして、カナダ政府がトロントにある中国の総領事館からスパイ1名を国外追放(ペルソナ・ノン・グラータ)にすることができた。この動きに反発した中国政府は、逆に、上海に駐在する情報機関員であるカナダ人外交官を国外追放処分にした。これはお互いに誰が情報機関の関係者であるのかを知っているからこそ、できることだ。
こうした揉め事が起きた場合、どちらかが情報機関員を国外追放したら、同じレベルの情報関係者を同じ数だけ追放すると決まっている。総領事館の人間が国外退去になれば、同じく総領事館の人を追放する。そうすることで、「喧嘩」を最小限に収めているのである。
「インテリジェンス機関」が持つ2つの役割
世界の情報機関は、2つの役割を持っている。国外と国内の情報収集があり、それぞれの担当に分かれている。どちらもインテリジェンス(情報活動によって得られる知見)を扱うので、インテリジェンス機関と呼ばれることもある。
国外の担当者は、国外でさまざまな情報収集を行い、自分の国にとって有害な活動をする組織や個人を調査する。さらには、自国が有利になるような影響工作や世論操作、国によっては破壊・暗殺工作も行う。彼らは対外情報機関と呼ばれる。
一方で、国内の担当者は、国内に入ってくるスパイの情報を収集し、取り締まりをする「防諜」活動を行う。日本では公安関係の組織が担うが、多くの国でも捜査権や逮捕権を持つ法執行機関である警察やその他の機関が主導的に行っている。