日本の神話を記した『古事記』『日本書紀』はどういう書物なのか。人気予備校講師の茂木誠さんは「白村江の戦いでの大敗した朝廷が、『唐からの独立』と『皇室の正統性』を示すために政治的な意図で書いた。このため海外向けの『日本書紀』は漢文、日本人向けの『古事記』は万葉仮名で書かれている」という――。

※本稿は、茂木誠『「日本人とは何か」がわかる 日本思想史マトリックス』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。

日本書紀神代巻上下(吉田本) 上巻より冒頭部分。紙本墨書、鎌倉時代・13世紀、京都国立博物館蔵。(図版=CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

日本建国神話における「2つの国譲り神話」

日本の神話は、『古事記』『日本書紀』をまとめた朝廷が皇室の祖先神とするアマテラス側の立場、つまり勝者の視点で書かれたものです。スサノオがひどい乱暴者として描かれるなど、恣意しい的な部分も感じます。一般的に歴史は勝者が書くもので、世界の神話でもそれは同じです。

むしろ日本神話はまだマシなほうでしょう。敗者の言い分もちゃんと書いていて、敗者のオオクニヌシの要望どおりに出雲大社を建造するところが日本神話のゆるいところです。これが大陸国家なら、攻め込んで、叩き潰して、おしまいです。

日本の神話には、実は二つの国譲り神話があります。

九州に降り立った天孫族(アマテラスの一族)が瀬戸内海を東進し、奈良盆地にあったヤマトの国に攻め込みます。天孫軍のリーダーがのちの神武天皇になるイワレビコです。これを迎え撃ったヤマトの王がニギハヤヒ(饒速日)です。ニギハヤヒは九州から天孫軍が攻め込んでくると、ヤマト防衛軍の指揮をナガスネヒコ(長髄彦)という武将に任せました。

このナガスネヒコ将軍が天孫軍に「お前たちはなぜ攻めてくるのだ?」と問うと、イワレビコが「我らは天孫だから」と答えます。すると、「いやいや、我らの王ニギハヤヒ様だって天孫だ」とナガスネヒコがいいます。「では、その証拠を出せ」とイワレビコ。

そこでナガスネヒコが見せたのは、天孫族の証拠である特殊な矢でした。さて、これを見たイワレビコは「ムムム、おぬしも天孫族か」とひるみます。