トリチウムよりも注意しなければいけないのは、セシウム137やストロンチウム90など、重金属系の核分裂生成物。これらは生物の体内で蓄積するので、食物連鎖の過程で生物濃縮し、大きな魚には無視できない量の核分裂生成物が含まれているおそれがある。チェルノブイリ原発事故のあと、ドイツやオーストリアでセシウム137が集積されたキノコを摂食していたイノシシの肉を調べたところ、高濃度に放射能汚染していることが判明した。ビキニ環礁やエニウェトク環礁など、マーシャル諸島の原水爆実験場付近でも、こうした核分裂生成物が長期にわたって魚介類から検出された。
処理水の問題で大事なのは、トリチウム以外の核分裂生成物が本当に除去されているかどうかだ。
福島第一原発1〜3号機の炉心・格納容器内には、冷やし続けなければ再爆発してしまうデブリが今も残っている。デブリを冷やす冷却水は当然、核分裂生成物を含んでしまう。使用後の冷却水をそのまま海洋放出するわけにはいかないので、当初はフランスのアレバ社から放射性物質除去装置を導入して処理をしていた。ところが、装置の性能が期待していたほどでなく、海洋放出できる基準をクリアできなかった。行き場に困った処理水は、タンクにためざるをえなかったのである。
そこで、東芝や日立といった日本のメーカーが奮起し、多核種除去設備「ALPS」(Advanced Liquid Processing System)を開発した。国産のALPSは、さすがにアルバ社の装置よりは性能がいいらしい。しかし、いくら高性能のALPSといえども、トリチウム以外の核分裂生成物を「100%」除去することはできていない。「トリチウムは各国が放出しているので日本も同じことをやっているだけだ」という論調も見受けられるが、核分裂生成物そのものであるデブリを通過してきた処理水は、福島第一原発以外にない。この点を謙虚に認めるところから議論を進めなくてはいけない。
さらに、たとえ海洋放出するための規制基準値以下を達成していても、セシウム137などが100%除去されていないのであれば、それを「核汚染水」と呼ぶことは正しい。無論、ALPSで安全なレベルまで処理をしたから「処理水」と呼ぶことも正しい。科学的に見れば呼称はどちらでもいいのだが、汚染水と言った途端にヒステリックに糾弾するのは明らかに政治的な態度であり、それは間違っている。
中国を含めた科学者を福島に招きなさい
東電や政府が安全だと言っているから、ALPS処理水は問題ないと考えている人は、3.11で福島第一原発が爆発した直後のことを思い出すといい。
あのとき東電は「異常な状態だが、冷却は正常に行われている」と言った。しかし、実際は冷却が正常に行われておらず、メルトスルー(溶融貫通)を起こしてデブリが原子炉の下に落っこちた状態になっていることは、容易に想像できた。理由は2つある。
1つ目は、爆発後に黒い煙が出ていたこと。黒い煙はゴム製のパッキングなどの部品が焼けていないと発生しないので、燃料が原子炉から溶け落ちて何かしらを燃焼しているのだ。
2つ目は、隣接するタービン建屋に入っていった作業員が、放射線熱傷をして出てきたこと。タービン建屋の放射線量が高いということは、原子炉・格納容器の底が抜けてデブリが下に落ち、高濃度の放射能を含む水が漏出している可能性が高い。
メルトスルーだと悟った私が、旧知の仲である東電幹部(当時)に電話をしたら、「メルトスルーはしないようになっている」としか言わなかった。
私は3月19日に、福島第一原発ではメルトスルーが起きている可能性が高いことを動画で解説し、YouTube上に公開した。すると、動画はすぐさま反響を呼び、私は菅直人首相(当時)に呼び出された。菅首相は東工大の後輩なので、言葉遣いこそ丁寧だったが、イライラしているのは明白だった。菅首相は原子炉の断面図を私に突きつけて「説明してください」と言う。わかりやすく説明すると、「あのやろう!」と急に言葉遣いが荒くなった。「あのやろう」とは、班目春樹原子力安全委員会委員長(当時)のことだ。メルトスルーを認めない彼にウソを吹きまれていたとわかり、菅首相は怒ったのだ。
しかし、その後も東電は一向にメルトスルーを認めなかった。そして、東電の見解をそのまま会見で垂れ流した枝野幸男官房長官(当時)の罪は重い。