「バカヤロウ。そんなことで脳卒中センターができるか!」
2020年4月、千船病院にやってきた榊原が手始めにやったのは、救急隊や近隣のクリニックへの挨拶まわりだった。体制を強化して積極的に受け入れる方針であることを伝えると、たいていは「助かります」と喜ばれた。
むしろ壁があったのは院内の体制だった。
挨拶まわり効果で件数が増え始めた時期のある日の午後、脳出血を疑われる患者の受け入れ要請がきた。榊原が手術室にいくと、麻酔科医が「今埋まっている。他の病院に転送してほしい」と拒否。口論になった。
「バカヤロウ。そんなことで脳卒中センターができるか!」
大声を出したが、麻酔科医も譲らない。榊原は仕方なく転送の準備を始めた。
そこに駆けつけた樋口の証言だ。
「麻酔科の先生は患者の安全第一で、予定外の対応を行うことによって生じる様々なリスクは避けたい。一方、榊原先生は運ばれてくる患者へのスピーディな治療を第一に考える。両方とも真剣だから自然に声が大きくなったのでしょう。結局、麻酔科の先生に折れてもらい、受け入れてもらうことにしました」
脳卒中の患者を受け入れるという、病院の方針が伝わると現場も軟化する。この一件以降、麻酔科も柔軟に対応してくれるようになった。
週6日は当直あるいはオンコール状態だが「普通に寝ていた」
榊原はこう語る。
「私は別に大変じゃなかったですよ。苦労されたのは、樋口先生を含め千船病院の幹部たちでしょう。いろいろ調整に骨を折っていただきました」
特に看護部では、人員配置を大きく変えて、脳卒中患者に対応した。榊原自身の負担も相当なものだ。PSC認定要件の1つは、脳卒中診療に従事する医師(専従でなくても可。前期研修医を除く)が24時間7日体制で勤務していること。
この要件を満たすため、週2日は当直に入った。1日は兵庫医科大学から応援に来てもらえたが、あと4日は外科や内科の当直医に任せ、榊原自身はいつでも駆けつけられるように待機していた。
「脳卒中で運ばれてくるのは、せいぜい夜11時まで。それ以降は発症してもご家族が寝ていて気づきません。気づくのは起きてからなので、朝6時ごろの搬送が意外に多い。夜中はお呼びがかからないから、普通に寝ていましたよ」
本人はケロリと語るが、週6日は当直あるいはオンコール状態。PSCは榊原のハードワークなしに立ち上がらなかったことがよくわかる。
その甲斐あって認定が下り、手術件数も増えた。2019年は約40件だったが、2020年は80件と倍増。手ごたえを感じた榊原は、「人がいればもっと患者さんを受け入れられる」と医局に増員を要請。2年目はさらに医師が1人増え、実際、手術件数は120件まで伸びた。