お金が増えても幸せにならない理由

お金があればもっと幸せになれる、と考えてしまう傾向には抵抗しがたいものがあります。結局のところ、私たちの多くは、高級車、大きな家、贅沢な休暇など、様々な高額商品をとてもほしい、と思っています。ですから、このような贅沢なライフスタイルを経験できる人は、きっと幸せなのだろう、と思いますよね?

ところが、お金では幸福を買うことはできない、ということがわかっています。実際、ある研究によれば、1人当たりの所得は過去60年間で大幅に増加しましたが、この期間において「とても幸せだ」と回答した人の割合は、ほぼ一定だったそうです2※。

この直感に反する発見を実証した初期の研究の一つは、宝くじの高額当選者と非当選者の幸福感を比較したものです3※。二つの条件群の間には幸福感に違いは認められなかったものの、宝くじの当選者は、テレビを見る、面白い冗談を聞く、友人と話すなど、様々な普通の行動の楽しさを、非当選者と比べて低く評価していることがわかりました。

お金と幸福感の間には関連性が相対的に欠如していることを示す、このような研究結果は、裕福な国に住む人々がなぜ幸せを感じないのかを説明するうえで手助けにもなります。メリーランド大学のキャロル・グラハム教授(公共政策)は著書『人類の幸福論:貧しくても幸せな人と裕福でも不満な人』の中で「一人当たりの所得水準が高くても、平均的な幸福感の高さに直接つながるわけではありません4※」と指摘しています。

例えば、バングラデシュで暮らす人のうち、幸せだと答える人の割合は、ロシア人の方が4倍以上裕福であるにもかかわらず、ロシア人の2倍です。同様に、日本人の所得はナイジェリア人の約25倍あるにもかかわらず、幸福を感じるナイジェリア人の割合は日本人の2倍です5※。

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その後、大規模な標本調査が行われて、所得が高いからといって幸福感が高まるわけではない、ということをさらに強く示す証拠が得られました。50万人近い米国人を対象にしたある大規模な調査では、世帯収入、生活満足感、感情的な幸福感を測定しました6※。

研究参加者は、生活満足感については、現在の生活に全体的に満足しているかどうかを評価し、感情的な幸福感については、幸せや喜びといったポジティブな感情を定期的に経験しているのかどうかを評価しました。

その結果、所得が多くなるほど生活満足感が高くなることがわかりました。つまり、確かに、所得水準が高い人ほど、生活全体に対する満足感が高いことが示されました。しかし、収入が増えるほど、感情的な幸福感が高くなるというのは、ある程度の水準までのことで、

7万5000ドル以上の収入になると、収入が増えても幸福感は高くなることはありませんでした。そして、年収9万ドル以上の人は、2万ドル以下の人に比べて「とても幸せ」と感じる割合が2倍近いものの、5万ドルの人と8万9999ドルの人の間には基本的に幸福感に差異は示されませんでした7※。

ただし、お金が増えても幸せにはならない、という一般的な法則には例外もあります。

貧困層の人々にとって、お金がないことは、健康問題や車の故障など、日常生活のストレスを悪化させる可能性があります。そのような人たちは、衣食住の基本的なニーズを満たすのに十分なお金があるのかどうかを心配するかもしれません。

彼らにとっては、お金が増えることは幸福感を高めることにつながるのです。子どもたちが食べるものに不自由しないか、家族がこの冬に暖房を使えるのかどうか、そんな心配をしていては、幸福を感じることはできないでしょう。そのため、貧困を緩和するためにお金を提供するプログラムは、幸福感の上昇に直結することがあります。これは、経済的に苦しい状況で暮らす人々にとっては、追加的な収入を得ることでストレスが軽減する一因になっています8※。

つまり、基本的な欲求が満たされた後では、私たちが時間をどのように使うのかが幸せの鍵を握っている、と言えます。本を読む、テレビを見る、友人と交流するなど、幸せな時間を過ごす方が、もっと多くのお金を稼ぐために仕事に時間を費やすよりも、幸福感を高めることができるのです。