お金が幸せと結びつかない理由

お金が増えても期待したほどの幸せが得られない理由の一つは、私たちが新たに得た富に適応してしまうことにあります。最初のうちは、お金が増えたことを嬉しく思いますが、時間が経つにつれて、私たちは高収入や思ってもみなかった遺産を得た状態にただ慣れていきます。そのため、富を得ることが幸せを得ることにはつながらないのです。心理学者は、この適応を「ヘドニック・トレッドミル(快楽のランニングマシーン)」と呼んでいます。

その適応力を示す一例をご紹介しましょう。初めて携帯電話を手にしたときのことを思い出してみてください。おそらく、とても興奮したことでしょう。突然、自動車の中から電話をかけることができるようになったのですから。この新しいデバイスの登場は、初めのうちはスリリングなものでした。

しかし、もし、現在使用している携帯電話が、15年前や20年前にワクワクしたあの携帯電話と入れ替わったらどのように感じるか、今すぐ、想像してみてください。きっと、あの頃のようにワクワクした気持ちになることはない、と思います。

それは、私たちが携帯電話に搭載されている技術の進歩に慣れてしまっているからです。携帯電話には、自動車の中から人に電話をかけるだけでなく、写真を撮ったり、新聞を読んだり、本を買ったりする機能も期待されるようになりました。これは、私たちが時間とともに適応すること、例えば、昇給や携帯電話などのように、当初は幸福感を高めてくれたものが、時間の経過とともにそうでなくなることを明示しています。

さらには、富の増加は、私たちの比較の行い方をも変化させます。私たちは、収入が増えると、高級住宅街に引っ越したり、子どもをプライベートスクールに通わせたりすることができるので、もっと幸せになれるだろう、と予測します。

しかし、実際のところ、新しい環境は、私たちが行う比較の性質を変えるだけであり、その比較は私たちの気分を悪化させます。例えば、引っ越し先となる高級住宅街の住民たちは、高級車に乗っていたり、高額な芝生サービスを受けていたり、新しい学校の子どもの友達はもっと豪華な休暇を過ごしたり、セカンドハウスを持っていたりするかもしれません。そうすると、新しく手に入れた富は、それほど良いものだとは思えなくなってしまいます。このことについて、ベンジャミン・フランクリン(訳注:米国の文筆家、出版業者、発明家、科学者、外交官、政治家)は「お金は人を幸せにしたことがないし、これからもそうすることはないだろう。お金には幸せを生み出す性質はないのだ。お金はあればあるほど、人はそれを欲するのである」と述べています13※。

お金と幸福の関連性が全体的に乏しいことに対する三つ目の説明は、お金が時間の使い方を変える可能性があるということです。皮肉なことに、お金をたくさん持っている人は、幸福につながらないような時間の使い方をしてしまうことがあります。

平均以上の所得を得ている人は、運動やリラックスなど、幸福感を高める活動に費やす時間が少なく、仕事や通勤など、必ずしも幸福感を高めない活動に多くの時間を使っているそうです。例えば、年収10万ドル以上の人は、時間の約20%を余暇活動に費やしているのに対し、2万ドル未満の人は時間の約34%を余暇活動に費やしています14※。

キャサリン・A・サンダーソン『ポジティブ・シフト 心理学が明かす幸福・健康・長寿につながる心の持ち方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、本多明生訳)
キャサリン・A・サンダーソン『ポジティブ・シフト 心理学が明かす幸福・健康・長寿につながる心の持ち方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、本多明生訳)

そして、所得が高い人ほど、夜に社交的な時間をもつことがなく、他者との関わり合いをもつ日々の割合が少ないことも報告されています15※。

このように、収入が多い人ほど、一人で過ごす時間が長くなる傾向は、その人の幸福感にまで影響を及ぼしている可能性があります。最近の研究は、所得が高い人ほど、プライドや満足感など、自己に注目した感情をより多く経験していることを示す研究結果を得ています16※。

一方、所得が低い人ほど、思いやりや愛情など、他者に焦点化した感情をより多く経験しているそうです。カリフォルニア大学アーバイン校のポール・ピフ教授(心理学)は「富は幸せを保証するものではありませんが、例えば、自分自身に喜びを感じるのか、あるいは友人や人間関係に喜びを感じるのか、といった具合に、多様な形の幸せを経験するための素地にはなるかもしれません」と述べています17※。

社会的な関係は幸福感を最もよく予測します。そのため、収入の多い人は、他人と一緒に過ごす時間が減ることによって損をするかもしれません。このような場合、富が増すほど、幸福感がかえって低下する可能性すらあるのです。

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