4つの論点について解説する

①NATOの東方拡大は間違いだったのか

これには両論あります。

ロシア側は1990年2月9日に、アメリカのベーカー国務長官がソ連のゴルバチョフ書記長に対し、「NATO軍の管轄は1インチも東に拡大しない」と約束したとし、NATO側にだまされたと主張します。これに対し、アメリカ側はあくまで「仮説的なものであり、国際約束ではない」と否定しています。

他方、当時、アメリカ国内にも、冷戦戦略の立役者ジョージ・ケナン元駐ソ連大使が「NATO拡大は冷戦後のアメリカの政策で最も致命的な誤り」と述べるなど、東方拡大への反対論はありましたが、民主化を推進した旧東欧諸国がNATOの拡大を強く求めたため、結局、東方拡大は続きました。

宮家邦彦『世界情勢地図を読む』(PHP研究所)
②ゼレンスキー大統領の評価

ロシアはユダヤ系ウクライナ人であるゼレンスキー大統領を「ネオナチ」などと批判していますが、同大統領はコメディアン出身ながら、ロシア侵攻後も首都キーウを脱出せず、戦争を指揮するなど、今や国民の英雄となっています。

③バイデンの米軍不介入宣言

一部には侵攻前にバイデン大統領が「米軍の派遣はしない」と明言したことがロシアの侵攻を招いたといった批判もあります。しかし、米軍が直接介入すれば、米露間の戦闘となり、核戦争にエスカレートする可能性があります。あの時点では、アメリカが不介入を明言したことは戦略的に正しかったと思っています。

④ロシアは核兵器を使うか

仮に、ロシアがウクライナ国内の戦場で追い詰められてウクライナ軍や国民に対し戦術核兵器を使うとしましょう。NATO側は、国際法上も人道的見地からも、ロシア側の責任を徹底的に追及するだけでなく、精密誘導通常兵器のみでロシア陸海空軍の主力と中枢を徹底的に破壊するはずです。ロシアにとっては、軍事的にも政治的にも、得るものより失うものの方が遥かに大きくなると思います。

戦略的判断ミスをしたロシアに出口はありません。経済状況も中長期的にロシア側には不利ですが、ロシア、ウクライナ双方とも「敗北」などは考えていないので、停戦成立の可能性は当面低いでしょう。停戦交渉は紛争当事者の一方または双方が「敗北」を考えた時に初めて始まります。