なぜ「香り」は昔の記憶を呼び起こすのか

次のような経験をしたことはないだろうか。

街中を散歩しながら、あれこれとめどなく思いをめぐらせていると、見知らぬ誰かとすれ違い、知っている気がする香りに包まれる。柑橘系の香水だ。不意に何年も前へ時が逆戻りして、同じ香りをまとっていた小学校の先生を思い出す。まだ存命だろうか。

突然、長く忘れていた記憶がよみがえる。「どんな先生だったっけ。そうだ、クラス全員に手作りのクッキーをプレゼントしてくれたことがあった。いつも優しくて、何かうまくいかないことがあったり、体調が悪かったりすると、すぐに気づいてくれた。あの頃に戻ることができたら楽しいだろうな」

香りには過去の記憶を呼び起こす力がある。それどころか、睡眠中に香りを知覚すると、記憶の定着の促進にも効果があるというのだ。

少し前になるが、科学誌『サイエンス』にこのテーマに関する実験結果が発表された。

実験では、20~30代の被験者が(神経衰弱のように絵札の)メモリーカードで遊ぶ間、バラの香りを室内に漂わせた。その夜、半分の被験者にだけ、深い睡眠の間に同じバラの香りを嗅がせた。

寝る前に学んだ内容は睡眠中に定着する

その結果は驚くべきものだった。翌日再びメモリーカードに挑戦してもらったところ、睡眠中にバラの香りの刺激を受けたグループは、前日に覚えたカードのペアの位置を、もう一方のグループよりも明らかに多く記憶していたのである。

ドイツの科学者たちも、興味深い発見をしている。

被験者が深い睡眠に入っている間に、ゆっくりとした脳波にシンクロする音を聞かせたところ、長期記憶の形成に関わる脳波(睡眠紡錘波、大脳皮質から発せられるゆっくりとした脳波、そしてリップル波)の相互作用が強化されたのだ。

この知見は、たとえば新しく外国語を学ぶ際に応用できる。

スイスの睡眠研究者たちは、被験者グループが就寝する前に、オランダ語の単語をいくつか教えた。そして彼らの就寝中にも、これらの単語を繰り返し聞かせた。ただし一部の単語を除いて。

明くる日、実験参加者たちは睡眠中に流れていた単語のほうをよく覚えていたという。

だが注意が必要だ。記憶に定着させることができるのは、就寝前に学習した単語だけ。学んだことのない単語を睡眠中に聞いたとしても、残念ながら何の役にも立たない。