「しっかりやってください」と言わなければならなかった

――国が報告書の提言を実行しないなら、提言を出した専門家の皆さんが、「しっかりやってください」と何度も言わなければならなかったのではないでしょうか。

【尾身】新型インフルエンザ等対策有識者会議の場で、結構、言ってきているんですよ。会議の複数のメンバーが政府に対して、「(総括会議報告書は)どう生かされているのかお尋ねしたい。あの時、相当な議論を繰り返したが、その議論は、この有識者会議で生かされるのかも聞きたい」「総括会議は多くの方が参加した。報告書は非常に貴重な意見が入っている。そのことを踏まえて、(この会議で)議論していただきたい」「(総括会議で調べたところ)政府が想定した重症度で入院患者を想定すると、呼吸器すら足りない現状があった。たぶん今もかわっていない。そのような現状を踏まえて議論してほしい」などと訴えました。しかし、そもそも我々専門家の役割は現状を評価し、求められる対策について提言することです。対策の最終決定及びその実行の責任は国の役割です。

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コロナ禍で行動計画が使えなかった理由

――この報告書を受けて、政府は12年、新たな感染症に対する対策の強化を図り、国民の生命と健康を守るための「新型インフルエンザ等対策特別措置法」を成立させました。この法律に基づき、行動計画を策定し、都道府県も計画を作っていました。しかし、これらの計画は、今回のコロナ禍では、まったく使いものになりませんでした。何が原因だと思いますか。

【尾身】行動計画は、高病原性鳥インフルエンザやエボラ出血熱のように、感染すると致死率が高いが、感染力はそれほどでもない感染症をイメージして策定されていたものでした。コロナは感染力が強く、そして、狡猾に変異し、無症状者でもウイルスをうつしてしまう、想定外の感染症でした。

平時から想像力を働かせて、どのような感染症対策の仕組みを作るべきか、政府や自治体、研究機関、医療機関、専門家など関係者は同意しておく必要があります。ただし、どんな特徴を持つ感染症が現れるか分からないので、いくつかのシナリオに対し、柔軟に対処できる仕組みでないといけません。