目に飛び込んだ「店長候補」

そんな日々に転機が訪れたのは、43歳の時だった。関戸さんは会社員の夫と離婚し、一人で子どもたちを育てようと決断したのだ。バレエ教室の仕事ではとても生活できず、転職先を探し始める。そこで歯科助手の資格を取って勤めたが、自分には向いていなかった。

次に求人誌で見つけたのは、通所リハビリセンターで要介護の人に運動指導をする仕事。身体を動かす仕事は楽しかったが、千葉の自宅からは1時間半かかり、早朝に出ても帰宅は遅くなる。子どもの弁当作りもあると毎日4時間ほどしか寝られず、さすがに体がきつかった。

やむなく転職を考えていた矢先、家の近所に「わくわく広場」が開店した。店先で見た社員募集のポスターには「店長候補」と書いてある。さっそく面接を受けるとパートで採用され、4カ月後には契約社員に。柏市の「わくわく広場」で店長を任されることになった。

撮影=伊藤菜々子

失敗の中で知った“自分の限界”

「私はシングルマザーなので、いつまでもパートのままでは困る。マネジャーには『社員になりたい』とお話ししました。すると『じゃあ頑張ってみてください、その結果で決めましょう』と言われ、最初の頃は気負って朝から晩まで働いたのですが……」

「わくわく広場」の特長は、自ら商品の仕入れをしないこと。地元の農家や飲食店に登録してもらい、生産者が売りたいものを出品するというシステムだ。その日によって並ぶものが変わり、欠品もある。店舗によって品揃えが違うので、店長には独自の経営手腕が求められる。関戸さんは生花店で働いていたので、売り場の見せ方は得意だったが、肝心の売り上げを伸ばすことには苦戦したという。

「まったく売れ筋じゃないものを集めてしまい、全然売れなかったことがありました。当時は野菜や果物がメインで、加工品に力を入れていなかったんです。私は加工品を売ってみたくて、たまたま和菓子屋さんがいたので『母の日に和菓子をいっぱい売りたいので持ってきてください』と頼んだら、まるまる売れ残ってしまって。『わくわく広場』は委託販売なので生産者さんのロスになり、迷惑をかけてしまったんです」

結果を出さなければと一人で気負い、失敗を重ねる中で学んだことがあった。当然ながら、自分の力には限りがあるということ。店舗には十数人のスタッフがいて、それぞれ得意、不得意がある。そこで皆で話し合うといろいろなアイデアが出てきた。各自に役割分担して任せたところ、目に見えて結果につながった。

後日談だが、入社当初から運営に関わっている柏市のエリアは、いまも売り上げの高い店舗が多く、このエリアのドミナント化に大いに貢献したことは社内でも定評があるようだ。