「世襲」を受け入れる人たち
「世襲」への、もうひとつの立場は、「問題はあるが仕方ない」とする立場であり、政治以外の世界に目を向けてみると、この立場を、より理解できるのではないか。
伝統芸能の世界である。
今年度、人形浄瑠璃文楽の伝承者を育てるための研修受講生がゼロになった。1970年に「伝統芸能の保存及び振興を図る」ために国が始めた養成制度のなかで初めてであり、文楽の行末に暗雲が立ち込めている。
同じ制度を持つ歌舞伎や能楽は「世襲」によって、芸を受け継いでいるため、研修受講生出身者は、それぞれ33%と8%にとどまる。歌舞伎では、およそ70%が、能楽にいたっては90%以上が「世襲」である。
文楽が台本を重視する実力主義という点も大きく、およそ60%が養成制度出身者であるゆえ、このままゼロ、もしくは受講生が少数のままでは、この伝統芸能を続けていけない(*1)。
弊害を(甘んじて)受け入れた上で、その世界をつづけていくために、必要悪としての「世襲」を続けるしかない、と考えているのではないか。
「世襲」を問われない人たち
伝統芸能以上に、「世襲」が多いのは、医師の世界である。
慶應義塾大学大学院経営管理研究科に提出された修士学位論文によれば、医師の世襲率は40%近くになり、親が子に進路を選ぶ際に与える影響もおよそ90%と、非常に高い(*2)。
開業医にとどまらず、大学病院などでの勤務医もまた、医師である親を見て、同じ職業に就く。伝統芸能のように代々受け継ぐ目に見えないものがあるからではないだろう。
病院というモノや、何よりも医師の収入をもとにした財力をバックに、高い学費を求められる私立大学を中心に多くの医師の子女が進学し、「世襲」が続く。
政治家の「世襲」に目くじらを立てる人は多いものの、健康に密接にかかわる医師への反感は目立たない。医師から政治家に転身する人もおり、その際にも、「世襲」の果実として得た資産が効いているかもしれないが、あまり問われない。