どちらも「世襲は良く(は)ない」とする点で一致

伝統芸能や医師を含めて、「世襲」を糾弾する側も、甘受する側も、どちらも「世襲は良く(は)ない」と考えている。社会悪、という点では、不倫に匹敵するぐらい嫌われているし、すくなくとも両手をあげて賛成はできない、これが、いまの日本を覆う空気ではないか。

「実家が太い」という表現は、「世襲」とまではいかないものの、土地や建物、さらには援助してくれる寛大な心(というか甘やかし)への嫉妬をあらわす。

財産にとどまらず、さまざまな要素を与えてくれる親がいる、それは事実上の「世襲」であり、これもまた羨望せんぼうの的である。

「世襲」をさせたところで損害賠償を求められるわけではない。にもかかわらず、いや、だからこそ、日本中で、かつてないほどに「世襲は良く(は)ない」との見方を共有しているのではないか。

「タワマン文学」の隆盛と「世襲」

こうした世襲への忌避感と結びつくのが「タワマン文学」である。

今年3月、首都圏の新築分譲マンションの平均価格は、1億4360万円となり、ひとつきでは初めて1億円を上回った(*3)。国税庁の統計によれば、おととしの日本人男性の平均給与は545万円、女性は302万円であり(*4)、ふつうの日本人にとって、首都圏の新築分譲マンションは、とても買えるものではなくなっている。

よほどの高所得者か、「実家が太い」人たちや、もしくは、「世襲」によって富を親たちから受け継ぐ人たちしか、手が届かない。

ここから「タワマン文学」の隆盛につながる。

中学受験やご近所づきあい、転職といった、壮年労働者の悲哀を、おもしろおかしく描き、マンガ化された作品もある「タワマン文学」で描かれるのは、嫉妬である。

タワーマンションの高層階と低層階、子どもの学力、収入の多寡、といった、違うといえば違うとはいえ、決して「貧富の差」とまでは言えない、微細なちがいをめぐり、「タワマン文学」の登場人物は一喜一憂する。

一億総中流は遠い昔に終わり、「みんな」が同じだとは、まったく信じられない。それゆえに、小さい差異が気になる。

細かい差を生み出す、大きな要因として槍玉に挙げられるのが「世襲」なのではないか。

大手企業で「世襲」が行われたとしても、あくまでもプライベートな組織の人事異動としてとらえられ、激しい妬みを呼ばないし、伝統芸能や医師といった「特異」な世界の話も関心を集めない。

ことが政治家という「みんな」にかかわる職業であり、さらには、ひょっとすると誰にでもなれる可能性のある立場だけに、強い反応を引き起こす。

それほどまでに、わたしたちの社会は、まだ「みんな」を信じているとも言えるし、「世襲」への怒りを表明できる程度には、「健全」な民主主義が機能しているとも言えよう。

ここに「世襲」が嫌われる理由だけではなく、わたしたちの社会の現在地がある。

(*1)「文楽継承 関心低い若者…今年度 研修受講生ゼロ」読売新聞2023年6月10日配信
(*2)比嘉久未香・後藤励「医師の世襲の特異性  意思決定の段階の観点から」慶應義塾大学大学院経営管理研究科 2020年度 修士学位論文 
(*3)首都圏マンション3月は平均価格が初の1億円突破 23区2億円超え
(*4)令和3年分 民間給与実態統計調査

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