牛乳や葉物野菜の価格高止まりは避けられない
技能実習制度は転籍を認めていないこともあり、コロナ禍前の2018、19年はいずれの年も約9000人が失踪していた。うち、農業分野の失踪は18年に1342人、19年に1132人だった。新たな制度が転籍を認めるようになれば、農業現場からの流出は一層進むだろう。
もしそうなると、技能実習生を多く受け入れてきたレタスやキャベツといった葉物野菜や、仏花として欠かせない菊、生乳などの不足や値上がりが起きうる。
葉物野菜は、天候不順などを理由に価格が数割上昇する事態が現状でもしばしば起きている。主力産地が恒常的な人手不足に陥れば、供給が減り価格を高止まりさせかねない。当たり前のようにスーパーでレタスが山積みにされ、消費者がいつでも手軽な値段で購入できる光景は今後なくなるかもしれない。
酪農は北海道に集約される流れにあり、多くの牧場で外国人が欠かせない労働力となっている。今は生乳の供給過剰が騒がれ、乳牛の頭数を減らしているが、いずれその反動で供給不足となる可能性が高い。労働力を減らせる搾乳ロボットなどが市販されているものの高額で、今は乳価が安いぶん、農家はロボットへの投資をしにくい。それだけに今後、頭数と人手の不足が重なれば記録的な高騰もあり得る。
いまの日本はただでさえ不景気と賃金安、円安に苦しんでいる。かつて外国人労働者を引きつけた賃金の高さという魅力は、年を追うごとに失われてきた。農業の人手不足を外国人で補う――。そんな対応が、いよいよ限界を迎えつつある。
有識者会議の中間報告書には、地方から不安の声が上がっているのに対し、こう記されている。
なぜ農業は「魅力的な労働条件」を示せないのか
給料面も含めて、転籍を希望されないだけの魅力的な条件を受け入れ側が整備せよという、しごくもっともな指摘である。だが、現状でそんな好条件を示せる農業現場は少なく、「特定技能外国人によそへ移られてしまった」という話をよく聞く。
農業が魅力的な条件を示しにくい理由は大きく二つある。一つは、天候や作物の生育具合に作業が左右されること。このため、労働基準法の一部が適用除外とされ、労働時間や休憩、休日などの規定が適用されない(※)。そもそも労働条件を改善しにくい制約があるのに加え、農家が経営者意識を持ちにくく、改善の動きが遅いという構造的な問題もある。後述するが、農業は産業として未成熟な部分が大いにあるのだ。
※特定技能外国人も適用除外となる。ただし、技能実習生は適用除外とならず、農業に従事する際も労基法に準拠しなければならない。
農業や建設業といった重労働の現場は、現状ですら外国人に不人気だ。人手のかかる作業の機械化は避けて通れない。
先進的な農業法人には、外国人が帰国後に日本で学んだノウハウを生かして仕事を続けられるよう、現地に農場を設けたり、現地のパートナーに日本市場向けの農産物を作らせて輸入したりするところがある。農業関係者の大宗は、外国人を短期の置き換え可能な働き手として見てしまいがちだが、長期にわたる事業のパートナーとして扱わなければ、いずれ外国人を集められなくなるだろう。