「徹底して偽善的である」

急速に発展するAIに関し、専門家らが一時停止と問題点の整理を促すことには、一定の妥当性が感じられる。だが、問題はそう単純ではない。

CNBCによると、Microsoftの共同創業者であるビル・ゲイツ氏は、「警戒が求められる領域を特定する」ための研究を推進するべきだと述べ、安易な開発停止はむしろ危険だと指摘する。

良識ある大手が開発を停止したところで、新興企業が停止要請に従うとは限らないためだ。Microsoftが検索エンジン「Bing(ビング)」でOpenAIと提携していることを差し引いても、もっともな主張だと言えよう。

停止を要請したマスク氏の行動については偽善的だとの指摘すら上がっている。

米コーネル大学のジェームズ・グリメルマン教授(情報法)は、ロイターに対し、「Teslaが同社の自動運転車の不完全なAIへの説明責任に対し、いかに激しく闘ってきたかを考慮するならば、イーロン・マスクが(書簡に)署名したことは、徹底して偽善的である」と指摘している。

真に危険が差し迫った新技術があるとするならば、それは人間を乗せたままでの動作不良が繰り返し報じられているTeslaのEVだろう。人の命を預かるEVの安全性に目を背けてAIの危険性を論じるのは理にかなわない、とグリメルマン氏は論じる。

共同創設者だったマスク氏

なぜマスク氏はそこまでしてChatGPTに待ったをかけようとしているのか。

米フォーブス誌は、AIの危険性を吹聴するマスク氏の動機に、「ChatGPTへの恨み」を挙げている。記事は、米大手テックサイトのギズモード出身であるマット・ノヴァク氏が寄稿した。

記事によるとOpenAIは、2015年に非営利団体として設立された。現在CEOを務めるサム・アルトマン氏のほかに、イーロン・マスク氏が共同創設者兼会長として名を連ねている。マスク氏は「団体の顔」として認知されていた、と記事は振り返る。

画像=OpenAI公式サイトより

ところが2018年ごろになると、2人はすれ違うようになる。当時のGoogleがAI開発で優位に立っており、マスク氏は焦りを募らせていたようだ。

マスク氏は、私財を投じてAI開発を支えていた。米著名テックメディアのヴァージは、マスク氏が1億ドル(約130億円)の資金をOpenAIに投じていたと報じている。Googleに悠々とリードを許したのでは、巨額の投資が無駄になってしまう――と氏は危惧したことだろう。

業を煮やしたマスク氏はアルトマンCEOに対し、OpenAIの開発指揮を自らに一任するよう迫る。同メディアは「乗っ取りを図ろうとした」と指摘する。だが、アルトマンCEOら重役メンバーは、ノーを突き返した。

米ニュースサイトのセマフォーは、当時の内部事情に詳しい関係者8人に取材した記事を公開している。それによると経営陣は、すでにTeslaモデル3の生産問題に押しつぶされそうになっていたマスク氏に、さらにもう1社の陣頭指揮は荷が重いと判断したようだ。もっともな判断である。