「一時中断の要請」は自分の意思を達成させる方便
マスク氏はSpaceXの開発初期、自動着離陸制御にいくら失敗してもめげず、自らのビジョンを堅持した。メディアの批判に屈することなく開発を続け、民間宇宙開発企業として確固たる地位を築き上げた。
こうした彼の来歴を踏まえると、ChatGPTなどのAIへの批判は、これまでの基本姿勢と相いれないように思われる。かつて自らが育てたOpenAIのビジョンを、私怨により妨害しているとすれば、残念でならない。
マスク氏はたびたび方便を使う。Twitterの買収騒動の際、「ボットが多すぎて新のユーザー数を確認できない」と主張して一度買収方針をひっくり返したことは記憶に新しい。
氏がAIの過剰な発展に以前から警戒感を示していたのは事実だが、唐突な「6カ月間の停止要請」もまた、自分の意思を達成させる方便なのだろう。
実際に、イーロン・マスク氏が、AI開発に乗り出したようだ。英フィナンシャル・タイムズ紙は4月15日、「イーロン・マスクがOpenAIに対抗すべく、人工知能のスタートアップ企業を計画している」と報じた。
自らCEOを務めるSpace XやTeslaなどの既存投資家たちと、新事業に向けた資金調達についてすでに協議を進めているという。記事は米ネバダ州の記録をもとに、マスク氏が3月9日付で「X.AI」という名の企業を設立したとも報じている。
フィナンシャル・タイムズ紙は、マスク氏がChatGPTのようなAIの開発停止を求める書簡を出し、幾多の賛同者を集めていたことを指摘したうえで、AIの自社開発を示唆する今回の動きについては「AIコミュニティの一部は、その動きの速さに眉をひそめることになるだろう」と批判している。
チャットAIは現状、OpenAIの「ChatGPT」とGoogleの「Bard」の一騎討ちになっている。6カ月後、開発停止を訴えたマスク氏が手のひらを返し、独自のAIを引っ提げて三つ巴の構図になったとしても、さして驚くことではないだろう。