結果としてマスク氏は、身の振り方を大きく間違えたことになる。
Twitterに投じる巨額の資金を捻出できるのであれば、OpenAIに資金を提供し、堅実な付き合いを続けた方が賢明であった。やけどを負うどころか、ChatGPTの立役者のひとりとしてさらなる注目を浴びていたことだろう。
マスク氏による買収後、Twitterの株価は急落したと報じている。440億ドルあった時価総額は、半減する事態となった。
一方、OpenAIは躍進している。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、Microsoftによる公開買い付けが予定されており、時価総額は2年前の140億ドルから倍増する見込みだと報じている。
「あのぶどうは酸っぱい」とキツネは言った
イソップ寓話に、『きつねとぶどう』という教訓話がある。遠い昔から語られている物語だが、まるでマスク氏の現在を物語るかのようだ。
ある日、腹ぺこのキツネが、豊かに実ったぶどうの木を見つけた。喜び勇んで飛びつくが、何度やっても高く実ったぶどうに口が届かない。地面を蹴り、跳ねて、もう少しというところで届かず、ついにキツネは諦めてへそを曲げた。
去り際にキツネは言う。「あのぶどうは、きっと酸っぱいんだ。こっちからお断りだよ」
喉から手が出るほど欲しかったが、自分には手に入らないと思い知ったとたん、価値のないものだと蔑んで留飲を下げようとする。そんな愚かな思考を戒める教訓だ。
頭脳明晰な連続起業家のマスク氏だが、ChatGPTとの確執をめぐっては、いつしか寓話のキツネに成り下がってしまった。無限の可能性を秘めるChatGPTは、氏が1億ドルを出資し、一時はその10倍も出そうかというほど心酔した技術だったはずだ。
だが、開発の乗っ取りを図って共同創設者の反感を買い、急速に距離は離れた。世間にChatGPTの価値が認められたいま、1億ドルを吸い取られたマスク氏としては、悔しくてたまらないだろう。
そこで、「そのぶどうは危険だ」と声を上げ、開発停止を求める正反対の立場に回っている。仮に開発停止に至れば、「もともと無用な技術だったのだ」と、マスク氏はせめて自身をなだめることができるかもしれない。
AI開発の主導権を取り戻そうとする企み
待ったをかける理由はもう一つあるようだ。
米フォーブス誌は、さらに踏み込み、マスク氏がChatGPTに対抗できる自社技術を完成させるまでの時間稼ぎに出たのではないかと論じている。
「マスク氏が配下のエンジニアたちをけしかけ、6カ月の期間を使って高性能のAIをリリースさせる展開になると予想します。そう複雑な話ではないのです」
もともとマスク氏はTeslaの自動運転技術の開発を通じ、AIの可能性に未来を見いだしていた。世に吹き荒れるChatGPT旋風を目の当たりにし、自社でのAI開発のさらなる重視を決意したとしても不思議ではない。