正常値とはあらゆる世代を含めた「平均値」
多くの人が疑いを持たずに健康のバロメーターとしている「正常値(基準値)」ですが、実際には、「この値がもっとも健康を維持できる」あるいは「長生きできる」という根拠があるわけではありません。
では正常値とは何かというと、「平均値」のことなのです。しかも多くの場合、年代別の平均値ではなく、あらゆる世代をひっくるめた平均値が「正常値」として設定されています。
しかし、平均値が正常値となってしまうなど、本来はおかしな話です。
たとえば、成人男性の身長の平均値はおよそ170センチ。では、その前後10センチを加えた160センチから180センチを「正常値」にしましょう。それ以下とそれ以上は正常値から外れた異常な数値です、と決めてしまうようなものです。
さらには、全世代における平均値ですからさまざまな機能が低下してきた高齢者が、そのように決められた「正常値=平均値」から外れやすくなってくるのも当然といえば当然です。
高齢者の場合、血管の弾力性が失われてくるため血流が悪くなり、血管に対して血流の圧がかかりやすくなってきて数値としての血圧は高くなる傾向にあります。
しかし、その人の健康を本当に考えるのならば、正常値まで下げることを優先するよりも、血管を太く元気にすることを考えたほうがいいのに、「正常値絶対主義」に陥った医師たちには、血圧という数値を下げることが主目的化してしまうのです。
もちろん、糖尿病におけるヘモグロビンA1cのように、病気のリスクを高めるという根拠がある程度明確になっている正常値もあります(それであっても、後述するように、正常値が必ずしも死亡率を下げるわけではないという試験結果が出ているわけですが)。
繰り返しになりますが、正常値というのは多くの場合、全世代の平均値から導き出された数値でしかなく、そのうえ、さまざまな機能が低下してきた高齢者にとって何を「正常値」とすべきかというのは、実は「よくわからない」というのが正解なのです。
高齢者の場合はとくに、数値に過度に惑わされることなく、その人の暮らしやすさ、人生の晩年をいかに快適に過ごせるかということをもっと優先した治療を行うべきです。
糖尿病の正常値に関する欧米の調査
ところで、前述した糖尿病の治療におけるヘモグロビンA1cの正常値の扱いについても、「正常値」を厳しくコントロールしすぎることの弊害を明確に示した試験が存在します。
米国の国立衛生研究所の下部組織が主導して2001年に開始したアコード(ACCORD)試験です。計1万人の糖尿病患者に対して行われた大規模なものでした。
ヘモグロビンA1cを、当時正常値とされていた6%に抑える「強化療法群」と、それよりも少し緩い基準の7.0〜7.9%までに抑える「標準療法群」という2つの群に分けて調査をしたところ、わずか3年半の観察期間で、死亡率に有意な差が出たというもの。それも、正常値の6%に抑えた「強化療法群」のほうが死亡率が高いという驚くべき結果が出たのです。
当時、糖尿病治療の権威というべき医師たちをはじめ、日本の医学部の教授たちはこの試験結果を見事に無視しました。しかし、正常値まで数値を下げたほうが死亡率が高くなるなど、どう考えてもおかしなことと思われることでしょう。
実際、このアコード試験の結果を見て、欧米の研究者たちは同様の調査を実施してさらなる検証を試みました。エビデンスに基づいて合理的に治療をすべきだと考えるならば、当然の反応だと言えます。なかでも本格的な調査を行ったのが、イギリスのカーディフ大学のブレイク・ハリー博士でした。