射殺された熊の胃から「髪の毛と耳」

十和利山熊襲撃事件では、私は公的な情報が一切入手できなかった。

まだ事件の過熱期に入っていなかった第1、第2事故の情報を特に渇望した。だが、こういうことは組織内部、関係者の周辺から滲むように漏れてくるものだ。

不確実な情報だが第1、第2事故が起きた熊取平で犠牲者を襲った熊は「黒くなかった」というメールが、6月上旬には知人を介して現地から入った。

7月になると「襲った熊は大きかった」という噂が現地では広がっていたようで、当方にも伝わってくるようになった。

8月7日に接触した人物からは「第2事故現場に赤ん坊熊が2頭いたそうだ。射殺されたメス熊の胃内からは髪の毛と耳が出た」と聞いた。

入山者を殺害するような熊は早急に除去しなければならず、第2事故の段階で気がつき、第1事故まで遡って、県庁は個体の特定に着手するべきだった。

この思いには「無罪な熊の射殺は避けたい」という私の活動の原点も含まれている。往々にして、こういう事件の後、地元の人たちは熊に過剰な対応を取りやすいことを私は見てきたからだ。

この事件には解決とか収束点を目指す視点が最初から欠けていた。

メス熊を駆除した直後に鹿角連合猟友会の黒澤信雄会長(74)は6月11日付け読売新聞で、「猟友会は生命の危険と隣り合わせで熊と対峙たいじしている。5人目の犠牲者を出さず、熊を無駄に殺さないためにも、タケノコ採りで現場付近に入るのは絶対にやめてほしい」と話している。

豁如かつじょたる談話に私は感銘を受けた。私も力の限り、その言葉に答えたい。

出典=『人狩り熊