三塚博大蔵大臣、小村武事務次官も辞任

1998年1月26日、約50人の捜査官が隊列を組み、大蔵省の正門をくぐるという異様な光景が見られた。東京地検による四半世紀ぶりの大蔵省への強制捜査だった。

銀行局を中心に捜査が行われ、都市銀行に接待などを見返りに、「検査日程」を漏らしたとして大蔵省金融検査部の職員2人が東京地検特捜部に逮捕された。

強制捜査から3カ月後の4月28日、処分対象者は、局長、審議官などを含め総勢112人にも及んだ。その責任をとって、三塚博大蔵大臣、小村武事務次官も辞任に追いやられる。接待疑惑は日銀にも飛び火し、逮捕者も出て、合計98人の職員が処分された。

大蔵省接待疑惑の責任を取り記者会見で正式に辞任を表明する三塚博蔵相(1998年1月、東京・霞が関の大蔵省)

証券局長は宴会をこなさなければならない

官僚の接待疑惑とは、何だったのだろうか。

ある証券局長が、筆者にこんな話をしていたことがあった。

「証券局長になると、少なくとも主要銀行21行と、4大証券の合計25社の銀行・証券の頭取、社長との宴会をこなさなければならないんですよ」

聞くだに、大変な仕事である。

しかし一方で、証券局長が、銀行、証券の頭取や社長と会食し、意見交換や情報収集を行ったり、親しくなったりすることは、必ずしも無駄な行為ではなかったようにも思える。

例えば、こんなことがあった。

1990年代になって接待に対する世間の目も厳しくなり、大蔵省と証券界との意見交換の機会が急激に少なくなりだした頃のことだ。大蔵省から証券会社に対して、突然こんな通達が発出されたことがあった。

「証券会社の事業法人部の企業担当者は、今後、同一企業を2年を超えて担当してはならない」

同じ担当者が一つの企業を長年にわたって担当していると、癒着関係が生まれやすく、損失補塡ほてんなどの不正につながりやすいとの趣旨だった。

しかし、これは証券会社の業務を理解しているとは到底、言い難い通達だ。