肉眼で見れない微細な絵柄を面積比500倍に拡大して鑑賞

凸版印刷は、印刷技術のデジタル化を早くから推し進めてきた企業である。VRは印刷の技術開発の延長線上にある。

文化財のVR化はまず、文化財を高精細にデジタルアーカイブすることから始まる。建築や土木などで使用されるレーザー機器などで3次元計測、高精細に撮影した2次元画像、色の情報を取得し、コンテンツ化する。同時に文化財の所有者や学芸員らの学術的な監修を受けながら、「現物」に近づけていくのだ。

文化財の中には顔料が剝げ落ちていたり、地中に埋もれていたりして、視認できないものも少なくない。しかし、VRで再現すれば可視化が可能になる。つまり、造られた当時の何百年も前に時間を巻き戻すこともできるのだ。

実際の寺の堂内に鎮座している仏像は厨子に入っていたり、堂内が薄暗くてよく見えなかったりするが、VRではそれも問題なく、クリアな映像として登場させることができる。

かれこれ四半世紀の技術の積み重ねによって現在、文化財をテーマにしたVR作品は60作品以上。その間、映像の規格は「4K」「8K」と、より高精細の解像度に進歩してきているが、それもデータをアップグレードすることで対応ができているという。

凸版印刷は2007(平成19)年、高野山金剛峯寺の協力を得て、重要文化財「両部大曼荼羅まんだら(通称:血曼荼羅〈平清盛奉納〉)」の復元再生プロジェクトを立ち上げた。両部曼荼羅は密教寺院に祀られていることが多く、「大日経」や「金剛頂経」といった経典をもとに、仏の世界を表現している。そこには大日如来を中心にして、多くの如来や菩薩がびっしりと描かれている。

平安時代に描かれた高野山の両部大曼荼羅は描かれた当時は、赤や青や緑などの極彩色で輝いていた。しかし近年、傷みが激しく、当時の美しい姿が失われつつあった。曼荼羅は絹本に着色され脆く、奉安(尊いものを公開すること)を続けると劣化も進む恐れがあった。

歴史の生き証人である国宝や重要文化財は、なるべく制作当時に近い状態で復元・再生し、可能なら展示、学びなどに生かして継承したいところである。これを、デジタル技術を使うことで可能になる。

両部大曼荼羅は、約8年の歳月をかけて復元することに成功した。さらにこの復元プロジェクトで取得したデジタルアーカイブデータも活用し、VRによる作品を2021年に完成させた。

「曼荼羅に描かれた肉眼では見ることが困難な微細な絵柄を、面積比で500倍以上に拡大しながら鑑賞するなど、通常では見ることができない視点から文化体験ができるようになりました」(同社文化事業推進本部)

このVRコンテンツは、DMC高野山が運営する高野山デジタルミュージアムのVRシアターで上演。高野山の中核施設である「壇上伽藍がらん」の空間と建造物を紹介するプログラムとして公開している(VRコンテンツ『高野山 壇上伽藍―地上の曼荼羅―』)。

VRコンテンツ『高野山 壇上伽藍―地上の曼荼羅―
製作協力=高野山真言宗 総本山金剛峯寺
製作著作=凸版印刷株式会社 ©TOPPAN INC.

観光客には、壇上伽藍を参拝する事前・事後の学びとして一般公開され、また企業には、研修のコンテンツとしても活用されている。