日常生活のさまざまな事柄に「空気」の圧が絡む

「空気」の厄介さは家庭生活にも反映される。たとえば「女性は料理ができなくてはいけない」という「空気」だ。「彼氏ができた」とでも話そうものなら「彼にはどんな料理作ってあげているの?」と聞かれてしまう。結婚したことを男性が報告すると「奥さん、料理は上手?」「新妻の家庭料理、うらやましいな」なんてことを無配慮に口にする人も少なくない。

私の家についていえば、料理は完全に私の担当である。妻は一切料理ができない。本人も認めているが、センスがないのだ。そのかわり、私が苦手とする食器洗いや洗濯は、妻が一手に引き受けてくれている。家事なんてものは適材適所。できるほうがやる、でいいのだ。

日本では他にも、日常生活に関係するさまざまな事柄に「空気」が存在し、価値観や行動を規定している。いくつか思い付くままに列記してみよう。まったく、くだらないものばかりだ。

・そこそこ「いい会社」に勤めている人はマイホームを買わなくてはいけない
・「大人の社交上のたしなみ」としてゴルフをしなくてはいけない
・結婚をしたら子供をつくらなくてはいけない
・子供が生まれたら、その子を夫婦ぞれぞれの実家にマメに連れて行かなくてはならない。連れて行く家はより「圧(空気)」の強いほうが優先される
・都会である程度の収入がある家の子供は「お受験」をしなくてはならない
・タワマンでは上層階に暮らすほうがエラく、カースト上位として振る舞える
・ある程度収入が高い人が東京都内に住む場合、港区・中央区・江東区・新宿区・渋谷区・中野区・杉並区・世田谷区・品川区あたりでないと格好がつかない。足立区や墨田区、北区、板橋区などは一段下に見られてしまう
・ある程度収入がある人は、欧州車かレクサスなど国産高級車を買わなくてはいけない
・インスタグラムでオシャレな暮らし、丁寧な暮らしをアピールしたければ、手料理はオーガニック食材や、貴重なお取り寄せ食材を使ったものでなくてはならない
・デキる男は時計と靴が高級品でなくてはならない
・カップ麺を食べてもSNSに公開してはならない。なぜなら、マウンティングに寄与しないから
・リモート会議では、下っ端ほど先にログインして上席を待ち、ログアウトする際は最後まで残らなくてはいけない

上司の上海焼きそばが来ないと、自分の担々麺が食べられない

サラリーマンのランチでも、こうした「空気」は存分に効力を発揮する。端的なところでは「上司の注文品が部下の頼んだものより遅い場合、部下は箸をつけてはいけない」あたりが代表例だろう。

こうした状況になると、部下は「遅いですね……」と周囲の様子をうかがったり、店員に「あのぉ、上海焼きそば、まだですか?」などと軽く圧をかけながら確認したりする。上司に忖度し、「私は部長の頼んだ上海焼きそばのことを気にかけています!」という「空気」を醸し出すわけだ。部長が「私のことは気にせず、先に食べ始めて」「せっかくの担々麺が冷めてしまうよ」なんてざっくばらんに言ってくれても、「いやいや! もうすぐ部長の品も来ますから!」などと、部下はお預けを喰らった犬のごとき状態で、目の前の料理が冷めていくさまを見続けるのである。

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コレ、一体誰が得をするの? 上司は「イヤ、別にオレ、何もわだかまってないけど。それよりも、お前らの麺が伸びることのほうが気になるわ」なんて思っているだろうし、部下も「あぁ……どんどん味が落ちていく」と気分が落ちるだけ。店員も「さっさと食べてちょうだいよ。そのほうがおいしいし、私らも早く片づけることができるのに」と考えていることだろう。誰もがこのバカげた「空気」でメリットを得ていないのである。この手の無駄な「空気」読みが、日本社会には多すぎるのだ。